頂き物

□小さな光
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小さな光
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ソファーに深く沈めた体は、意識が眠りに向かっているという事もあってかピクリともしない。今、仮に怪盗でもやってきたらひとたまりもない。
フ、と自嘲めいた笑みを漏らし、我が輩は意識を手放した。



『小さな光』



「ネウロー?どこ行ったの?」

遠くから、少女特有の高めな声が聞こえる。知らんふりをし、目を閉じて眠っているように装えば、次第に足音が近づいてくる。

「ネウロー……寝てるの?」

草を踏むやわらかな音がすぐ隣で止まり、少女の声もすぐ隣から聞こえた。少女は上から覗き込んでいるのか、わずかに木々の隙間から射す光が遮られる。しかし少女の細かな髪の隙間から再び漏れ出でる光が、我が輩に降り注ぐ。
瞼の裏がわずかな明るくなり、隣に何かが転がった。薄く目を開けば、閉じていた目には眩しい木漏れ日。そして視界のやや左斜め下に、栗色の動くものがあった。

「んー…気持ちいい…」

ぽふん。腹部にわずかな重み。じわじわと染み入るようなぬくもりに、それが少女なのだと、なぜか安堵した。

「魔人でも、お日さまは気持ちいいのかな…」

ずりずりと少女は這い上がり、不意に頬を小さくやわらかい何かに包まれた。確かめるようにペタペタと触れる、それ。額にかかった前髪を払いのけられ、そこに少し湿った、やはりやわらかい何かが触れる。

「まあ、どっちでもいいよね」

照れたような笑い声を上げ、少女はまたずりずりと降りていくと腹部に落ち着き、しばらくするとスゥスゥと小さな寝息が聞こえてきた。目を、開く。
わずかに体を起こせば、安心しきった表情を浮かべて寝転ぶ少女。

「我が輩を枕にするとはいい度胸だ…」

「……んぅ…」

答えるように聞こえた声と、しかめられた顔に小さく吹き出した。もしや起きているのではと思い、ふっくらとした頬をつついてみる。むずかる赤子のように、少女は手から逃げ、スーツに隠れるように顔を埋めた。
何やらそれが微笑ましく、我が輩は声無く笑い、少女にそっと腕を回した。軽く抱き寄せると、素直についてくる体。

「起きたら貴様を抱き枕にしてやる。覚悟していろよ」

また声に応えるかのように、少女はギュゥとしがみついてくる。時折風が少女の髪を揺らし、少女に、我が輩に落ちた影を揺らした。

我が輩はひどく穏やかな気分で、幾重にも重なった葉越しに空を見上げた。
今ならなんでも、掴めそうな気がした。

我が輩は、やさしく降り注ぐ木漏れ日に、手を伸ばした。



「―――わわっ」

今まさに、我が輩を抱き枕にして眠っているはずの少女の声が聞こえ、我が輩は目を丸くした。

「…………ヤコ?」

「っそうだよ!痛いから離してー!!」

目をパチリパチリと瞬かせると、そこには灰色の天井が広がった。そしてよくよく見れば我が輩はヤコの頭を掴んでおり、ヤコはそこから逃れようとジタバタしていた。
我が輩はわけがわからず首を傾げたが、唐突に理解した。あれは…

「夢だった…か?」

ヤコとあそこで寝転がったのはいつだっただろう。確か、春の季節の頃だったと思うが。

「いたっいたたたた!!」

我が輩はまだ痛がっているヤコを見やり、なんとはなしに、我が輩の上に乗せた。あの時よりは重いが、それでも軽いヤコの体が馬乗りに我が輩に跨る。
ヤコは一瞬きょとんとして、次の瞬間には顔を真っ赤にした。

「え!?え!?」

慌てふためいて離れようとするヤコの腰をしっかりと抱き、肘をついて軽く体を起こす。

「っ…ゎわ!」

驚いてヤコは目を見開き、そしてギュッと目を瞑る。頬を赤くして何かを待つようなその仕草はなんともかわいらしく…。
我が輩は誘われるように、その赤く小さな唇に口づけた。

「ん…」

触れるだけで唇を離せば、ヤコは安堵したように息をついた。今は、どこか物欲しげな瞳には気づかない振りをする。


「…来ていたのか」

「うん。でもネウロが起きる二、三分前だったから…まだ来たばっかりだよ」

―――なのにいきなり……。

ゴニョゴニョとくぐもった呟きを漏らすヤコの髪を撫でると、今は人工的な光がヤコの栗色の毛を輝かせた。そこになぜか物足りなさを感じ、我が輩は知らずヤコを見つめていた。

「…もう!ネウロ聞いてる?」

「ああ、聞いているとも」

我が輩はヤコの髪を撫でたまま微笑み、ヤコを抱き上げた。


「では、眠気覚ましに散歩にでも行くか」

「ってやっぱり聞いてないー!」

喚くヤコを無視し、我が輩は床を蹴って外へと飛び出した。




―――――

「あれ?ここって」

着いた場所は、いつかの草原。空に向かって伸びる木々が、大地に濃く影を落としている。
ヤコの口振りから覚えていたのかと感心し、我が輩はヤコを草原に落とした。ヤコはうずくまって、涙目に我が輩を見上げる。我が輩は口端を持ち上げて見せ、そのまま木陰に横になった。

「え?ネウロ寝ちゃうの?」

「たまにはよかろう」

我が輩が目を閉じると、隣でそわそわと動く気配がした。飼い主を見失った子犬のような顔のヤコが脳裏に浮かび、フッと笑った。
しかししばらくすると動きが止まり、おずおずとヤコの手が我が輩のスーツの裾を掴んだ。そしてやけにゆっくりと、我が輩の腹の辺りに頭を乗せる。いつかと同じ場所、同じ状況。変わらないぬくもりに、体からスッと力が抜ける。
安心、しているのだろうか。

「…確か去年も、こんな風に寝てたよね…」

ポツリと呟いたヤコは、ずりずりと我が輩の体を登ってきた。頬に感じる手のひらのやわらかな感触。鼻孔をくすぐる日だまりに混じったヤコの匂い。
そうか。あれは去年の事だったのか。

しかし、こうして香る匂いも、やわらかさも、ヤコも何も、変わっていない。

そのかけがえのない事実が胸の中に、じんわりとした何かを生み出す。


「…まあたまには、いいよね…」

苦笑混じりのため息を肌に感じ、途端に強くなった甘い香りに、そっと目を開いた。
閉じた瞼。長めの睫が頬に濃く影を落とし、ふっくらとした唇が我が輩の頬に近づく。

その顔を捕らえ、引き寄せた。

「ふ、ぇ?」

目を丸く見開いたヤコの顔が近づき、頬に触れるはずだった唇が、我が輩の唇に重なった。


「―――――!!」

香りと違わぬ甘さを堪能しながら、我が輩はヤコを抱き締める。ヤコはまだ目を丸くしたまま何度か瞬きをし、我が輩は一旦唇を外して「目を閉じろ」と額を小突いた。
ヤコは顔を真っ赤にしてぎゅっと目を閉じ、素直な様子に我が輩はクツと喉を鳴らして笑った。


変わらない景色に、変わらないヤコ。
しかしその関係は、少なからず変化していく。それが、離れ行くものなのか、寄り添い合うものなのかはわからない。

それでも、この瞬間が、我が輩とヤコを結びつけるものとなるように。


「たまには、よいのだろう…?」

「……もうっ…」

煌めくような笑顔を、なくさないように。


我が輩の小さな『光』を抱き締めていよう。



終わり

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