頂き物

□時の流れの紡ぐもの
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雨が降っていた。
それは、
二人の間に降り注ぎ、
二人を隔てた。
二人を閉じ込め、
二人だけの世界を構築した。
雨の檻の中で、時は二人の為に流れ…。


そう、その時、何かが掛け違ったのだ。

いつもの延長に見えた日常は、その正体を現し始めていた。
何故、その時、振り向いてしまったのだろう。
それさえ無ければ、何も知らずにすんだのに。
こんなに激しい渦に飲み込まれずにすんだのに。
だけど、もう遅い。
射抜かれてしまったから。
彼が私を見つめる瞳に…。


その日の事件は、陰惨なものだった。
血の匂いは少なくとも、巧妙に姿を隠し、立ち回る犯人。
その悪意に、眩暈がしそうだった。
目の前で、次々と関係者が倒れ、気がついた時には5人が死んで、巻き添えで3人が病院行きになっていた。
追い詰められた犯人は、逃げ切る気などなかった。
ただ、最後まで、一族を殺しきるまで、掴まりたくないだけだったと言う。
そして彼は、最後の一人、自分を殺そうとした。
頭に当てられるピストル。
飛び掛る笹塚さん。
逸れる銃口。
放たれた弾丸。
行き先は、私。

目の前に広がる、黒。

ネウロが私の顔の前に差し出した手によって、弾は私の頭を打ち抜く事無く、その動きを止めた。

何とか、当たっていないと誤魔化せたのは、被害者の数が多くて、現場が混乱してたからだ。
ひたすら謝る笹塚さんに後をまかせ、私とネウロは現場を後にした。

「ネウロ、今日の食事、おいしかった?」
「フン、誰かのお陰でよく味わう暇がなかったが、まあ、悪くは無かったな」
「そっか…良かった。
ゴメン、ね」
「ん?」
「私が…食事の邪魔しちゃって」
「…」
現場を出てから、私達は一度も目を合わせていない。
珍しく、私の後を、ネウロが歩く。
人気の少ない道。
薄暗く曇った空。
何だか私の心が、現実に染み出したようで、私の気持ちは低下する一方だった。
何故だか酷く自虐的になって、このまま消えてしまいたくなる。
こんな気持ちのままネウロと居たら、どんな事を言ってしまうかわからない。
今日は、このままここで別れよう。
明日になれば、晴れればきっと、いつもの自分に戻れるから。
そうすれば、こんな気持ちもなくなるから。

そう思った時、雨が降り出した。

良いきっかけだ、と思い、ネウロを振り返る。
そして、見てしまった。

何故、その時、振り向いてしまったのだろう。
それさえ無ければ、何も知らずにすんだのに。
こんなに激しい渦に飲み込まれずにすんだのに。
だけど、もう遅い。
射抜かれてしまったから。
彼が私を見つめる瞳に…。

「ヤコ」
ネウロの眼差しは、冷たい雨とは反対に、酷く熱の篭ったものだった。
どうして、動けないのか。
どうして、目を逸らせないのか。
ネウロがゆっくりと歩み寄ってくる。
その手が、私に触れる。
そして唇が額に触れる。
「ネウ…ロ?」
「あてられたな」
「え…?」
「先程の犯人の悪意にあてられたのだろう。
貴様は、人の心に敏感だ。奴の自分の体を流れる血に対する憎悪の激しさの、影響を受けているのだろう」
そして、もう一度、同じ場所に口付けられた。
「これで、楽になったか?」
私は、いつの間にか晴れていた心に気づき、頷いて返す。
「そうか」
ネウロの目が、優しく笑った気がした。
「どうして?」
「ん?」
「どうして?」
「何がだ」
「目が…」
「目が?」
「目が、逸らせないの。ネウロから」
その時、ネウロの目の色が変わった気がした。
さっき、振り向いた瞬間に見た、私を射抜く瞳に。
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