夢見処〜ヒツガヤ〜2


□今日が終わる前に
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そう呼んでみた。

(ほのぼの/切甘)












今日が終わる前に
















「日番谷隊長」

「ん?」

「呼んでみただけです」


今日も彼の人は事務をこなす。

どこからどう見ても子どもが宿題に頭を悩ませているようにしか見えないのに。

なんて言ったら追い出されそうだから言わないけど。


「隊長」

「何だ」

「呼びたかっただけです」


さらさらと止まらない筆の動き。

見ていていつも飽きないなぁと思う。


「日番谷さん」

「用があるなら早く言え」

「別に何もないです」


疲れた顔して、片肘つく姿は相変わらず。

いつもと何ら変わらない事を喜ぶべきか。それとも心配すべきか。……分からない。


「冬獅郎くん」

「だから何だ」

「お茶、淹れましょうか」


そう尋ねてみれば、彼は「要らん」と一言。

仕方なく私は自分の分だけ淹れてお茶を啜る。

二人きりの室内は静かすぎて、それがやけに響いた。

わざとらしく聞こえたかも、なんて心配してみるけれど彼はこちらを見ようともしない。

ついでに言うと、私の事を特に気にかけてくれていない。

日が暮れてもう何時間もこうして健気に彼のが腰を上げるのを待っているこの私を。


「冬獅郎」

「いい加減に…」

「今日が何の日だか覚えてますか」


その言葉に、彼はやっと筆を止めた。

ふっと顔を上げて今日初めて私と目を合わせる。

“今日”が終わりそうになって、初めて。


「忘れてしまったんですか。私、ずっと待ってたのに」


貴方は約束してくれた。

待っていてくれたなら、必ず言ってくれると。

だから私は待った。

ずっとずっと、待っていた。


「これじゃまるで私はただの馬鹿です」


貴方の言葉を信じて待ち続けたのに、裏切られてしまうなんて。

愚かだとしか言いようがない。


「最初からその気はなかったんですか。私を愚弄しただけだったんですか」


それは怒りより哀しみ。

私は貴方を信じていたから。

きっと貴方は――。


「まさか覚えていたとはな」

「え……?」


どういう意味かと尋ねる前に、私は彼の腕の中にいた。

彼の匂いが鼻を擽る。


「とっくに忘れたと思っていた」

「忘れるなんて…そんな…」

「明日から現世の藍染討伐に行って来る」

「っ…!?」

「正直、生きて帰って来られるか分からねえ。だからお前が約束を忘れてくれてるといいと思った」


そう彼は哀しそうに言った。初めて聞く声音だった。

私は何も言えずにただ、彼の腕の中に収まっている。


「お前に哀しい思いはさせたくない。だが――もう手遅れみたいだな」


私は彼の背中に手を回して、離れないように力を込めた。

行かないで、じゃない。私を離さないで。


「日番谷隊長と呼んでいたお前が、いつしか冬獅郎と呼ぶようになった。俺達の距離は縮まりすぎた」

「……っ…」

「なら俺も腹を括るしか……諦めるしかないみてえだな」


彼は私の背中に回した手を離し、私が彼に回した力を込めた手も容易く離した。

私は不安になってもう一度彼を求めようとすれば、彼はそれを制して私と目線を合わせて対峙した。


「嫁に来い」


穏やかに笑って、彼は両手を広げた。

理由を聞いて尚更、約束を破られると思っていた私は驚いて声が出せなくて。

堪えていた涙で応え、彼の腕の中に飛び込んだ。

嗚咽を漏らして泣きじゃくる私を宥めながら、彼は顔を上げるように言う。


「正式な祝言を挙げる暇はないからここで誓う」

「は、い…」

「もしこの命が尽きても俺はお前を愛してる」

「私も……貴方をずっと……愛して、ます」


証人もいない、互いだけの誓いをした私達は唇を重ね合った。

これからの事への不安もありながら、私はそれ以上の幸せを感じていた。

それはきっと彼も同じ。


“約束”が果たされるのを待っていたかのように、時計の針が0時を示した。


*End*













呼び方は二人の刻んだ時間を表したつもりです。
それだけが書きたかった天宮なのでした。
寝惚けつつ勢いで書いてしまった事をお許し下さいませ。

2010.8.14


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