夢見処〜ヒツガヤ〜2
□だから届かなくていい
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紡がずにはいられない。
(ほのぼの/切)
だから届かなくていい
忙しない年の暮れ、慌ただしい隊首室。
当然、隊長である俺も副隊長である松本も隊士達も皆、休む暇無く働いている。
それなりに人数もいる十番隊だが、片さなければならない仕事は半端無く、猫の手どころか鳥の爪を借りたいくらい忙しい。
「隊長ぉ〜もう無理です〜」
「つべこべ言うな松本。働け松本」
「だってぇ〜」
「減給」
「お……鬼!!」
さすがにこんな状況では逃げるに逃げられない松本は、さめざめと泣きそうな声を上げる。
しかしそんな事に構っていられるほど俺も暇じゃない。
「さっさと終わらせりゃいいだろ、働け」
「あの子はいいんですか!? 贔屓ですよ、隊長!!」
松本の指差すソファーには、毛布にくるまって気持ち良さげに寝ている十番隊第三席。
………そうは言われても、俺にコイツはどうしようもない。
「一度寝たら当分起きねえの知ってるだろ。突っ込むな」
「そうは言っても! あの子だって十番隊なんですからね!」
「アイツは起床中はお前の3倍の仕事をこなしてんだから文句言ってんじゃねえ。悔しかったら働け」
「うぅー…」
そんな風に忙しない一日が、過ぎて行く。
一刻一刻と時は刻まれ、日は傾く。
夜の帳が降りる頃、一段落した俺は強張った筋肉を解す。
なかなか凝っている。
誰かにマッサージをしてもらいたい気もしたが、松本も定刻に素早く消えた。
「はぁ…」
ふとソファーに目を向けると、すやすやと眠る顔。
思わずその頬に触れる。
擽ったかったのか少し身を捩ったが、すぐにまた寝息を立てた。
少し昔、俺の助けになりたいと言ったガキがいた。
たくさん勉強するからいつか部下にしてくれと。
見た事の無いくらい穢れもせず澄んだ瞳を持った奴だった。
その時は適当に待ってるとか何とか返してその場を後にしたが、アイツにとっては最大の励みになったらしい。
10年後、再びアイツは俺の前に姿を現した。
澄んだ瞳に少し、強靭な様が加えられて凛々しい姿だった。
このソファーで眠る三席こそがそう。あの時のガキ。
今じゃもう立派な死神だ。
最近は少し女らしくなって、つい……そう正しく今のように手を伸ばしてしまう。
俺の為に、ここ一週間不眠不休で働いてくれた。
お陰で十番隊の仕事は格段に減っている。その事に気付いてる奴はいるだろうか。
休め休めという俺の言葉に耳を貸さず、ずっと働き続けた。
その結果がこれだ。
何の前触れも無く意識を手放した。一瞬、死んだかと焦るくらいに唐突に。
俺を楽させたい一心で励んでくれたのだと思うと本当に、心の奥が温かくなる。
「いい女になったな…、お前」
俺の許から消えて欲しくない、手放したくないと思う。
一生俺の部下でいろと言えば、コイツは純粋に従うだろう。
だがそんな命令で従わせるなんざ虚しいだけ。
………無意識だった。俺はコイツの唇に触れ、挙げ句に唇を奪った。
愛しさが込み上げて、どうしようもなかった。
我に帰った後の後悔は大きく、自己嫌悪。
「何やってんだ、俺は」
地面に力無く座り込み、胡座を掻いて項垂れた。
無防備な部下に手を出すとは俺もひどく落ちぶれた。
苛立ちが気分を悪くする。
届かないと分かりつつも、言わずにはいられない。
「済まねえ……」
目が覚めたらまた謝らせてもらおう。そして天に召されるほどの一発を喰らおう。
上司失格な俺の、良い薬だ。
「た…いちょ…」
ハッとして顔を上げれば、寝言だったようで寝息を立てていた。
どんな夢を見てるかなどどうでも良かった。
寝ながらも俺を案じてくれている事が素直に嬉しかった。
だから俺はそれだけでいい。満足だ。
「ゆっくり休め…」
仕事に戻ろうかと腰を上げ、もう一度寝顔を覗き込む。
今度は俺がお前を追いかける番。
しかしそれはきっと成就しない。
俺はお前にとって、憧れの対象でしかないのだから。
この想いは報われない。分かってる。
だからこの言葉も届かなくていい。
「愛、してる…」
お前が誰を慕い愛そうと、俺はお前を愛している。
それは変わらない。
しかしそれがお前の邪魔になるなら、俺のこの言葉は一生届かなくていい。
俺は、お前を―――。
*End*
微甘のつもりが切になってしまいました。
ごめんなさい!
あぁ〜新年第一段が切だなんて…。
今年はきっと(やっぱり)切だらけな一年になるでしょう。
今年もよろしくお願いします。
2010.1.3