夢見処〜シロガネ〜


□ふるいキズ
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心残りがあるんです。

(切/優/土方十四郎)











ふるいキズ
















久しぶりに、晴れ間に雨が降った。俗に狐の嫁入りと呼ばれるやつだ。

縁側でそれを眺めては煙草を蒸かす男が一人。

何を考えているのか分からない顔で、空いている片手はしきりにライターを点け消ししている。


「いい加減、お煙草も控えられては如何ですか」


よいしょ、と、男の隣に断りもなく腰掛けたのは一人の女。泣く子も黙る真選組で女中をしている。

そして隊士達から副長と呼ばれ恐れられている男は女を一瞥し、口を開く。


「副長相手にそんな口叩けるテメェもどうだって話だがな」

「あら。私はお体を心配して提言しているだけですよ」


くすりと笑って女は外へ目を向けた。

つい先刻、いきなり降り出した雨はまだ止まない。

からりとしていた空気がじめじめして 肌に不快感を与える。


「こんなときくらい、泣かれたらいいのに」

「どんなときくらいだよ。俺は別にどうもしねェ。いつもどおりだ」

「一度泣いたくらいじゃスッキリしませんよ」

「いっ!? な、泣いてねェよ! 大の大人が泣くわけねェだろ!!」

「それにしてはかなり動揺してらっしゃいますけど?」

「ぐっ……」


女は愉快そうに、けれど泣きそうな声で笑った。

男は押し黙って煙草を蒸かす。

雨音が響き、隊士達の騒がしい声が少し遠くに聞こえるのがちょうど心地好い。

しばらくは音に耳を傾けていた二人は、雨音が小さくなっていくのを感じて現実へ帰ってくる。


「私にもね、大切な人がいたんですよ」


ぽつりと女が言った。どうしようもない人だったんですけどね、と懐かしむように笑う。

男は聞いているのかいないのか、小雨の降る外を見続けている。


「私とあの人がどんな関係だったのかを知る人はいないんです。私とあの人以外、だーれも」


そこに確かな愛はなかった。寂しさを埋めるようなものだと女は分かっていた。

けれど割り切れない何かが存在していたのも事実だった。


「そのうち、あの人は死んでしまって。残された私はたくさん泣いてようやく割り切れた気がするんです」


あの人も傷は癒えただろうか。私はあの人に癒されたように。

私はあの人の傷を癒してあげられただろうか。

今となっては聞くことも出来ない答えだろう。


「そして私は何も知らない周囲によってお見合いなんかさせられるんです。疾(と)うにいなくなってしまった忘れられない人がいる、なんて誰に言えましょう」


はぁーっと疲れた溜め息を吐いて女は腰を上げる。

もう少しこのまま、昔話を聞いてもらいたかったけれど。雨が引く頃、女は引き継ぎの続きをしに行かなくてはならない。


「……ただ、心残りがあるとすれば。あの人にとっての私は少しでも助けになったのかということです。どう思います、副長」

「さぁな。ま、テメェみてーないい女が好いてくれてたってンならそいつも多少は救われてたンじゃねェか」

「あらまぁ、嬉しい解釈を返してくれるんですね。知らん、と冷たく返されるかと思いましたよ」

「俺ァそこまで非道じゃねェつもりだが」

「鬼の副長が何をおっしゃいます」


少し心が晴れた様子で女は笑った。

あの人もそんな風に思ってくれているのなら、私は救われる。

こうして何年も心においていただけのことはある。


「またいつか、誰かを愛して下さいね。十四郎さん」


女は柔らかな笑みを残し、去って行った。

あまりに優しい、あの頃とは違った笑みだった。

男が変わったように女も変わったらしい。

きっとこれから幸せになるだろう。

男は二本目の煙草を蒸かしながら腰を上げた。

休憩は終わりだ、山積みの仕事が待っている。


――空には虹がうっすらとかかり始めていた。


*End*







(どうしてそんなに悲しそうな目をしてるの?)
(テメェも似たような目ェしてるじゃねーか)
(大した理由じゃないわ)
(こっちも大した理由じゃねェよ)



初の土方夢!
これはタイトルから浮かんだ話です。
勢いで書いたので今回は補足を置いていきます(苦笑)
必要な方は反転して読んで下さい。
甘夢はいつになることやら…。
現在はミツバさんの死後です。土方さんがまだ近藤さんらと出会う前にヒロインと出会い、体だけの関係になりますが近藤さんとの出会いによりヒロインとの関係をやめました。ヒロインが「死んだ」と指しているのはあの頃の土方さんのことです。その後、ヒロインは武州へ帰郷し見合いをして幸せになります。

2012.11.18


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