Yuki's Love Story

□君の瞳に星を見た
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まるで小さな子供のように顔を綻ばせるから、思わず手を伸ばしていた。
頬に触れた指先に気づいて、頭上に広がる偽りの星を映していた瞳がこちらを見る。

「斎悧さん?」

プラネタリウムの薄闇の中、夕月の大きな瞳がキラリと瞬いて。
夜空なんか仰がなくとも此処に星があることに気づいた。

――優しく全てを照らす目映い星が。

ふいに思い至った考えに嘲笑するが、本気でそう感じたのだから仕方がない。
夕月を前にするとどうにも調子が狂う。
頬から顎先に指を滑らせて小さな顔を上向かせれば、その瞳に自分が映り例えようのない幸福感に満たされていく。

「あの…?」

戸惑いをこぼす唇に親指を這わせるとぷっくりと瑞々しく、吸い付きたい衝動に駆られ思わず喉が鳴った。
が、実行に移す前に邪魔が入ってしまう。夕月の反対側に座っていたリアの手によって。

「こーら!斎悧。ゆっきーに手を出さないの!」

「ていうか、まだ何もしてないけど?」

「しようとしてたんでしょ!ほら離れて」

夕月の顎先を捉えていた手を問答無用で外される。

「大丈夫?ゆっきー?」

「あ、はい、僕はなんとも…」

「本当?斎悧は手が早いから気をつけないと。今日は私がルカの分まで守ってあげるからね!」

夕月の両手を取ってブンブンと上下に振っているリアはご機嫌だ。
しかし夕月を奪われ、さらにはルカの名前まで出された斎悧の気分は急降下していく。

ふぅ、とため息と共にシートに体を沈めて天井を仰いだ。
やはり所詮、紛い物の星でしかなく、さっき見たばかりの目映い星には到底適わない。
視線を隣に移せば、依然リアが夕月の手を取ったまま楽しそうに会話を続けている。
幸い今日のプラネタリウムは貸切状態だから話していても問題ないだろう。
そうしている間にも星の映像は移り変わり、ガイダンスも通常通り流れていくが、最早見る気も失せて目を閉じた。

別段、眠いわけでもなく脳裏には夕月の顔が浮かんでいる。
もし、リアの邪魔がなければ、あの柔らかな唇を奪っていただろう。
理性も脆く崩れ去るほどに、現世(いま)の夕月はどこか危うく映り、目に毒でしかなかった。
こんなにも近い距離で、ルカとの関係も記憶になく、無邪気に微笑みかけてくる。
これで手を出すなと言われても到底不可能だ。
胸のざわめきは日増しに酷くなる一方だというのに...。

緩く頭を振るって目を開けると天井の星が消えていた。
徐々に場内が明るくなり、プログラムが終わったのだとわかる。


「さあ!ゆっきー、斎悧!お腹空いたし何か食べに行こう!」

伸びをして、いち早く立ち上がったリアが意気揚々と出口に向かっていく。
プラネタリウムの余韻など彼女には関係ないらしく、頭の中はすでに美味しい食べ物に切り替わっているのだろう。
それをリアらしいなと思い苦笑していると、夕月が目の前に立っていて座ったままの自分に微笑んだ。

「斎悧さん、僕たちも行きましょう」

「楽しかったか?」

「はい、とっても。本物の星には適わないですけど、やっぱり綺麗でした」

余韻に浸るように思いを巡らせる夕月の瞳も表情もキラキラと輝いている。
それが内面からの輝きによるものなのだと改めて理解して、斎悧は無言で右手を差し出した。

「??」

首を傾げながらも夕月は素直に手を重ねてきて、まるで警戒心がない。
この清らかさは信頼されていると喜ぶべきなのか。はたまた危惧するべきなのか。
しばし逡巡し、重ねられた細い手を掴んで思い切り手前に引いた。

「わぁっ!?」

重力に従って夕月がシートに座ったままの斎悧の胸元へと倒れ込んでくる。
そのまま抱き締めると体勢を整えようとした夕月が顔を上げ、至近距離で視線が絡み合う。

「斎悧さ......」

「夕月」

名前を一つ呼んで、柔らかな唇を啄んだ。
触れ合ったのはほんの数秒、ほんのり甘い口づけを解くと眼前の夕月は顔を赤く染めて固まっていた。


「ごちそうさま」

ペロリと舌を出して微笑めば、硬直から我に返った夕月があわあわと口を手で覆う。
初々しい反応が想像していた以上に可愛くて笑みを深めた。
華奢な背中に腕を回し降下させていくと、細く頼りなげな腰が手に馴染み誘惑される。

手放したくないと強く思う。
今この腕の中に在る、己を魅了して止まない人を。

羞恥で涙の膜が張る瞳を覗き込めば、そこには変わらず清純な星が瞬いていた。



end.
2012.0609@ふと思いついたタイトルから出来た話

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