Yuki's Love Story

□ノスタルジック
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小さな頃、夕月は休日が嫌いだった。
外に遊びに出る度、仲のいい親子の姿を目にしては淋しさに泣きそうだった。

孤児の夕月には父や母と呼べる者はなく、親が子へ向けるあたたかな視線、固く繋がれた手と手を羨ましく思っていた。

朝陽院の先生たちと手を繋ぐことはあっても、この手は自分だけのものじゃないと分かっていたから...。
自分だけに惜しみなく注がれる愛情を、幼い頃の夕月は欲して止まなかった。



まだ陽の高い休日。
朝陽院までの道のりを夕月はひとり、とぼとぼと歩いていた。
近くの公園からは遊びに興じる子どもたちの賑やかな声が響いてくる。
本当なら夕月も、今日は小学校の友だちと遊ぶ約束をしていた。
けれど今朝、約束の時間に家を訪ねれば、急に家族で出かけることになったから遊べないと言われたのだ。
夕月は素直に了承して「また、あそぼうね」と微笑んだ。


本当は涙が零れそうだった。
聞こえてしまったから、家の奥から「あの子と遊ぶな」と言う心ない声が...。

胸が痛くて、苦しかった。でも、泣かなかった。
施設育ちという理由だけで、差別されるのには慣れていたから。

いまは早く朝陽院に帰りたかった。
みんなのいる温かな場所へ。


ふと、一陣の風が吹き上がり、まるで夕月の背中を押してくれているかのように思えて、それがとても心強かった。



朝陽院がようやく見えてくる頃。
ちょうど玄関から出てきた人の姿をみとめて、夕月は思わず駆け出していた。
そのままの勢いで抱きつくように縋り付き、胸元に顔を埋める。

「夕月っ?どうしたんだ?今日は遊びに行くって...」

驚いた声はいつもと同じに優しく響き、夕月は堪えていた涙を零した。
無言のまま時折、小さな嗚咽を漏らす夕月に、それ以上なにかを問おうとはせず、幼子をあやすようにポンポンと優しく背中を叩いてくれる。

夕月はこの人が大好きだった。

「っ...奏、多さん、僕...」

「何も言わなくていいよ。大丈夫、僕は夕月が好きだよ」

ほら、こんなふうに奏多さんは沈んだ心をいつも掬い上げてくれる。
優しくて、温かくて、とても安心できる人。
奏多さんが本当のお兄さんなら良かったのにな...。
と、夕月は幾度となく思っていた。

(もしも、そうだったのなら...それはなんて幸せなことだろう)

夢みたいなことを思い描いて、夕月は埋めていた顔を上げた。
そこには優しい笑みをたたえる奏多さんがいて、そっと慈しむように髪を撫でてくれた。

「これから僕といっしょに出かけよう」

しっかりと握ってくれる手が嬉しくて、夕月も涙を振り払い、自然と明るい笑顔を取り戻していた。



――いつまでも在ると疑わなかった、あの温かい手。


――今でも思い出すことができる、あの優しい眼差し。


こんなにも遠くなってしまったのに、目を瞑れば幼き日の思い出が次々と蘇ってくる...。


「僕は......僕も、奏多さんみたいになりたかった。憧れ...だったんです」

彼の持つ穏やかな雰囲気が好きで、彼のようになりたいと、気づけば背中を追いかけていた。
それは兄を慕う弟のようでいて、小さな恋にも似た憧憬だったのかも知れない。

「...そして、これからも。奏多さんは僕の永遠の憧れです」


――ゆずれない想いがある。

たとえ心が離れてしまったとしても、思い出の中の奏多さんは永遠に僕の中に存在する。

――大事なのは忘れないこと。

それらも含めて、立ち向かっていけたのなら...。


ふわりと、慰めるように髪を撫でてくれる黒衣を纏う男は、銀色の瞳を優しく細めて薄い微笑みをくれた。



end.
2009.6.30@ルカの影が薄い...;しかも微妙にルカ→夕月→奏多に見えなくもない;

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