Yuki's Love Story
□陽だまり、はちみつ、君の香り。
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秋の気配が深まる頃。
黄昏館の広大な庭で九十九は小鳥たちと戯れていた。
夏の強い日差しとは違うやわらかな陽光が落ち葉の絨毯に降り注ぐ。
(どうしたの?今日はやけに騒がしいね)
黄昏館の敷地内にいる生物が嬉しそうに浮き足立っているのを感じて、肩に舞い降りてきた小鳥に話しかけた。
(ん?...そっか、みんなも夕月が好きなんだね)
小鳥に耳を傾けると、この庭のどこかに夕月がいるらしく、生物たちは彼を一目見たいとざわめいているというのだ。
(それじゃあ俺も、夕月に会いに行こうかな)
紅く色づいた落ち葉を拾い上げて腰を上げると、耳を澄ましながら夕月の気配を追う。
小鳥たちはそんな九十九を楽しそうに上空から見守っていた。
カサリ、カサリと落ち葉を踏む度に鳴る音が耳に心地いい。
そろそろ夕月と出会えるはずだと九十九は辺りを見渡す。
黄昏館とは少し距離のある場所に植えられているハナミズキの下に夕月はいた。
穏やかな表情で秋晴れの空へと伸びる枝を見上げている。
九十九が近づいていくと音に気づいた夕月が振り返り、優しい微笑みをくれた。
「何してるの?」
「ちょっと散策してたんです。そしたら実が生っているのを見つけて」
ほら、と指差されたほうに視線を向けると、ハナミズキが赤い実をつけていた。
「ホントだ、かわいいね」
「はい、今度ルカにも見せたいです」
夕月の表情はルカを想った瞬間に華やかに色づく。
任務で黄昏館を離れているルカに想いを馳せているのだろう。
誰の目にも明らかな変化に九十九の心がざわついた。
恋い慕う、という純粋な気持ちとは裏腹に心の奥底に沈む危険な感情が見え隠れし出す。
夕月を傷つけてしまいかねないそれを、決して表には出すまいと決めていたのに...。
「九十九くん?どうかしましたか?」
「...ごめん、ちょっとだけ...」
気遣わしげに投げかけられた言葉に心が揺さぶられ、謝罪を口に乗せて九十九は夕月を抱き寄せた。
「夕月はあったかいね...」
ぎゅうっと線の細い体を抱きしめると、ふわっと夕月の髪から零れたシャンプーの優しい香りが鼻を掠めて瞳を閉じる。
「あ、あのっ...?」
腕の中で戸惑いの声が漏れ聞こえたが、聞こえないふりをして柔らかい髪に口づけた。
―――夕月が好き。
それは親愛という優しいモノじゃなくて。
夕月の何もかもを欲するほどに愛しくて。
でも、大事な人だからマシュマロみたいに優しく包み込んでいたかった。
「失敗...」
「...九十九くん?」
「好きだよ、夕月...」
「はい、僕も九十九くんのこと、好きですよ」
にっこりと微笑む夕月の言葉が九十九の胸中に残酷に響く。
純粋な夕月には九十九の意図することが分かっていないのだろう。
「好き」という形は人によって違うもの...。
夕月の「好き」も自分の「好き」も同じ意味合いを持つものではない。
九十九は切なさをやり過ごし、己のいいように解釈をすることにした。
「そう...。じゃあ、両想いだね...」
抱きしめる腕はそのままに、そっと体を離すと、きょとんとした大きな瞳を覗き込む。
この曇りのない綺麗な瞳に自分だけが映ればいいのに。
そうして顔を近づけていっても、夕月は瞬きを数度くりかえし首を傾げた程度で、あまりにも無防備だった。
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