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自室に向かう夕月の数歩うしろから黒刀が付き従う。
回廊の大きな窓から射し込む太陽の眩しさに夕月は足を止め、物憂げな表情で独り言のように呟いた。
「どうして...、兄さんは何も言わないんだろう」
夕月がルカと逢っていることを天白は知っている。
だからこそ、黒刀や他の騎士たちを護衛として迎えに出してくれている。
けれど、ルカは魔族だ。
古から人間と魔族は争いの歴史を繰り返し、今なお膠着状態が続いている。
王族である祇王家は代々、強固な結界で魔族の侵入を防いできたが、不安定な情勢の中、王家の人間である夕月が魔族と密会しているなどと国民に知られれば、たちまち国の不信へと繋がり反乱が起こってもおかしくはなかった。
それなのに逢うことを咎められず、ルカに関することを問いただされたこともない。
いわば黙認されているようなものだった。
兄の真意が分からず、不安ばかりが心を締めつける。
それでも夕月には実現したい夢があり、その為には不安に押しつぶされる弱い心を捨てなければならないと思っていた。
今はまだ無謀な夢だとしても、いつかはきっと叶えてみせる。
夕月は胸元をきゅっと押さえて、祈るように目を閉じた。
「王は、夕月様を信じておられます」
静かに紡がれた言葉に夕月は弾かれたように背後に控える黒刀を振り返る。
彼は漆黒の瞳に真摯な光を宿して、夕月を見つめていた。
「それに、俺たち"騎士"も貴方を信じています」
ふいに夕月は泣きそうになるのを堪えた。
どうして信じられるというのだろう。何の力も持たずに生まれてきた自分を。
本来、魔族に対抗出来得る力を持つのは、王族と騎士になるべく生まれた一部の人間のみだった。
が、しかし第二皇子として生まれた夕月の能力は未だ発現せず、魔族の侵入を防ぐ為に国の周りに張り巡らされている結界を維持しているのも、現王である天白の力があってのことだった。
もし、万が一にでも天白が倒れるようなことがあれば結界は破られ、たちまち魔族たちがこちらへと押し寄せてくるだろう。
――国を守り、民を守る。
王家の人間として当たり前の責務を、いまの夕月には果たす事が出来ずにいた。
「僕も早く、兄さんのようになりたい...」
夕月の力を発現させるために手を尽くしてくれている兄の補佐を務められるように...。
「夕月様なら、必ずなれます」
「...ありがとう、黒刀」
迷いなく断言する黒刀の言葉に背中を押され、張りつめた心が軽くなり、夕月は柔らかな笑みを浮かべていた。
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20110324