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その日、夕月は目覚めることなく夜には発熱して魘され、それから三日三晩ベッドを出ることはなかった。
医師や騎士たち、それに城内で働く誰もが愛らしい皇子の回復を祈った。
夕月に狼藉を働いた男は騎士の手によって”剥離”が施され、王の命により速やかに処罰された。

そして、夕月を助け出した英雄とも言うべきルカの存在は秘匿されたのだった。
表向きは騎士たちが夕月を助けたことになっている。
魔族と敵対しているのだから当然の処置だろう。
だが、それを良しとしない者もいた。騎士の一人である焔椎真だ。
王宮の人間でもない、まさかの魔族の男によって夕月を救われるという騎士の不手際に苛立ち、それならば潔くルカのことを公表すべきだと王に訴えた。
けれども混乱を招くとの理由で敢えなく却下される。

あの事件が起きた時、焔椎真は王宮に居たわけではないが、事件を聞いてすぐに愁生と共に駆けつけていた。
その頃には熱が下がり、ようやく目を覚ましたという夕月の姿に安堵して降れようとした途端、身を竦め怯えたように震える皇子に愕然としたのだった。
所謂トラウマと言われるもので、極端に男性に触れられるのを怖がるようになったのだという。
それでも優しい夕月は、そんな自分を恥じて泣きながら謝罪を口にした。
そんな幼気(いたいけ)な夕月に誰もが心を痛め、護れなかったことを悔やんだ。

暗く沈む王宮と心に傷を負った皇子。
唯一、夕月の心を慰めることができたのは魔族の男だけだった。
そんな中、大切な弟である夕月の為、王はある決断を下す。


「斎悧を呼んでくれないか」






*****
あれから二年の月日が流れた。

あの忌まわしい事件の記憶を夕月は失っていた。
それは王の命で動いた斎悧の手によって消されたからで。
記憶を消すことが正しいことなのかは天白自身も迷っていたようだった。
だが、夕月の笑顔は王宮を、ひいては王国そのものを明るく照らしていくものになる。と、
王は強い確信を持っていて、その笑顔を取り戻す為には記憶の消去が必要だという結論に至ったのだ。
結果、本来の笑顔を取り戻した夕月と明るい王宮が戻ってきた。


「けどさ、記憶消す前の夕月って、あのルカとかいう魔族の男とは普通に触れ合えてたよな?なんでアイツだけには平気だったんだろ」

当時を思いだしながら話す焔椎真に愁生は掠れたような声を出す。

「それは……、」

(やっぱり愛なのかな...)
羨ましい二人の関係に愁生は憂いを帯びた微笑を浮かべた。

夕月に騎士が付けられるよりも前に二人は出会っているという。
それを聞いたのは夕月本人からで確かな情報だ。
騎士たちよりも強い絆――愛で結ばれた二人を割くことは誰人にも不可能だろう。
だから、この淡い想いは胸に秘めておく。
自分は自分にできるだけの力を皇子の為に使いたいと思う。

「焔椎真、俺は最後まで夕月様を護り抜く。だからお前も…」
「ハッ、言われるまでもねぇな。もう夕月を絶対泣かせたりなんかしねぇ」
「それでこそ焔椎真だよ」
クスリと苦笑した愁生は「でも」と付け加える。
「さっきから気になってたんだが、夕月様のこと呼び捨てになってるけど?」
「あ?それは夕月が良いって...」
「それでも客人の前ではわきまえろ」
「さっきのはついカッとなって!」
「お前はすぐ頭に血が上るからな。少しは学習するべきなんじゃないか?」
「なっ!ひでぇな愁生」


言葉の応酬も賑やかに二人は王宮へと戻っていった。



20120730

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