ノベル

□*闇
1ページ/6ページ

「すごいなあ。いつも私の先をいくんだもん」
 彼女はそう言った。
 濁りのない澄んだ瞳で。
 賞賛と少しの嫉妬を混じらせながら。


―――僕は彼女に恋をしていた。

 忘れもしない。入学式のあの日。
「ねえねえ。あの人よ、ノルディスって」
「主席で入学した奴だろ?」
「いかにもガリ勉って感じね」
「あんな頭でっかち、すぐに追い越してやるさ」
 式が始まる前のざわめいた空間。クスクスと笑いながら陰口を叩く声が聞こえる。周りを見渡すと、誰もが同じ様にコソコソ言い合っていた。

 実力と競争の世界。
 妬みと嘲り。

 自分が目指していた錬金術の世界とはこんなものだったか。
 落胆しかけた時。
「うわあ。すごくきれいな桜だあ!」

 場違いなほど、明るくのんびりとした声が響いた。
 驚いて声のした方を振り返る。
「あっ…ロブソン村じゃ、こんな桜並木なかったから」
 周りから注目を浴びて、少女は恥ずかしそうにはにかむ。
 動きやすいように深くスリットの入った薄いオレンジの上下に、控えめな黒のスパッツ。
 顎の高さまでの短い髪は栗色で、微かな風にさらりと揺れた。
 まだ少し幼さの残る顔には、可愛らしい唇と瞳。けれどそれは、内に強い意志を宿していた。
 やがて、彼女はバツが悪そうに講堂へと入っていく。
 僕の前を通り過ぎる一瞬。
 優しい春風が頬を撫でた。

 誰だろう?

 周りの声はもう聞こえない。僕は彼女から目が離せなくなっていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ