ノベル
□*闇
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「すごいなあ。いつも私の先をいくんだもん」
彼女はそう言った。
濁りのない澄んだ瞳で。
賞賛と少しの嫉妬を混じらせながら。
―――僕は彼女に恋をしていた。
忘れもしない。入学式のあの日。
「ねえねえ。あの人よ、ノルディスって」
「主席で入学した奴だろ?」
「いかにもガリ勉って感じね」
「あんな頭でっかち、すぐに追い越してやるさ」
式が始まる前のざわめいた空間。クスクスと笑いながら陰口を叩く声が聞こえる。周りを見渡すと、誰もが同じ様にコソコソ言い合っていた。
実力と競争の世界。
妬みと嘲り。
自分が目指していた錬金術の世界とはこんなものだったか。
落胆しかけた時。
「うわあ。すごくきれいな桜だあ!」
場違いなほど、明るくのんびりとした声が響いた。
驚いて声のした方を振り返る。
「あっ…ロブソン村じゃ、こんな桜並木なかったから」
周りから注目を浴びて、少女は恥ずかしそうにはにかむ。
動きやすいように深くスリットの入った薄いオレンジの上下に、控えめな黒のスパッツ。
顎の高さまでの短い髪は栗色で、微かな風にさらりと揺れた。
まだ少し幼さの残る顔には、可愛らしい唇と瞳。けれどそれは、内に強い意志を宿していた。
やがて、彼女はバツが悪そうに講堂へと入っていく。
僕の前を通り過ぎる一瞬。
優しい春風が頬を撫でた。
誰だろう?
周りの声はもう聞こえない。僕は彼女から目が離せなくなっていた。