+++インソムニア+++
□黒いオフショア
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白い肌が青ざめていくをのを知っていたが土方は砂浜に戻ろうとはしなかった、着物の裾を腿まで引き上げてしまうとまた無造作に波の上を歩く。
波が膝まで来て、ようやく足はゆるりと止まった。
見上げた空は灰色の雲に覆われている。
今にも泣き出してしまいそうだとぼんやりと、そんなことを思った。
波の音と、
風の音と、
―――――自分を生かしている心音。
「―――――また、往く気か」
掴まれた手はいつの間にか青白くなっていた。
ぱさりと拍子に裾を掴んでいた手が震え、黒い着物が黒ずんだ海面に広がり、水を吸って静かに中に沈んでいく。
風向きが変わったのか、前をむいたままの視界に長い黒髪がちらちらと翻った。
「この先に、そんなにもお前を惹きつけるものがあるのか」
「…無いかもしれねェし、有るかもしれねェ」
吐き出した言葉は、少し震えたように耳に届いたが、桂は気づいたのかは分からなかった。
「そんなもののために進むというのか」
そんな不確かなもののために、と言う桂の声は少し怒っている。
それはお前たちと一緒だ、と言おうとして土方は止めた。
代わりにゆっくりと振り返った先憮然とした桂の着物の裾は、慌てて海に入ったからだろうか、すっかり水中に沈んでしまっていて、少しだけおかしかった。