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□許容範囲を超えたら
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「……頭いてぇ」

重い瞼を押し上げた瞬間ぐらぐら揺れだす視界にこめかみを押さえる。
昨日はいささか呑みすぎた気がする。だが障子の外の暗さを知って首をかしげた。まだ夜が開け切っていない。日付くらいは変わっただろうが。

どうやら寝ていたのは数十分程度の間だけだったらしく、室内にこもったアルコールの匂いも、息苦しくて半ば解いた帯の形も、行灯の灯りの大きさも意識を失う前と全く変化していなかった。いくつも空になった徳利の向こうに転がっている近藤さんの格好も。

アルコールが抜け切っていない頭でことりと首をかしげ、いざり寄る。覗き込んだ顔は未だ少し腫れていて、あざが痛々しかった。


+++許容範囲を超えたら+++


昨晩は近藤さんが何十回目か分からない失恋をして、その自棄酒に付き合っていた。

結果はまだ諦めない、という惚れられた本人にも周囲にもはた迷惑な結論に辿り着いたわけで、しばらく志村妙の苦労は絶えそうにない。

近藤さんは惚れっぽい。

色々な女に何度も何度も惚れては、見るも無残に振られ続けている。道場時代もそうだったし、真選組を作ってからもそうだ。既に習性になっているのだろうか。

こっぴどく振られてばかりいるから、無駄に粘り強くなって困る。屯所に寄せられる通報件数の一割程度が局長のストーカー行為のせいだなんていくらなんでも情けない。

他人の良いところばかり見つけるのが得意で、他人の翳った部分を見ない振りをするのが得意だ。

いや、見ない振りをするのではない。きっと気が付いていないだけなのだろう。恐ろしいほど子供っぽい。よく言えば純粋だ。けれど子供と違ってその手で抱えられる範囲は酷く広いから、自分はここにいられるのだろう。
近藤さんの子供にも似た無邪気さと屈託のなさは美点だ。そう思うのは、惚れこんでいる人間の欲目なのだろうか。

「あんたは良い所ばっかり見すぎるんだよ」

例えばいまストーカーをしている志村妙とかいう女。

顔は上玉だけれど、手は出るわ足は出るわ、(しかも強い)女らしさとはどうにも無縁そうな女だ。
多分そういうと、この横でそろそろ顔の原型が分からなくなりそうなほどの暴行を受けたくせに近藤さんはそんなことは無い、彼女は菩薩のような人だと勢いづいて反論するのだろう。

想像するとおかしかった。

だって観世音菩薩は孫悟空の頭は締め付けるだろうけれど、殴る蹴るの暴行は加えないだろう。

「どうして一度殴られたところで目が覚めねぇのかなぁ」

いつもいつも深酒に付き合わされて思う言葉が喉からするりと滑り落ちた。相手が寝入っていたからかもしれない。
なんだか理由もないけれど面白くなってしまって、ぺたりと触れた頬は熱を孕んで真っ赤だった。大丈夫だと本人が言うから放っておいたが、氷でも当てさせればよかったかもしれない。

『なぁ、どうしてお妙さんは振り向いてくれないんだろうなぁ』

「知らねぇよ、そんなこと」

数十分前にさんざ繰り返した会話を思い出すと少し笑えた。ぐしぐし泣きながら杯を干していく手を制止しながらも結局俺も酌を止めなかった。
聞いているのが段々苦しくなっていくので、だから早く酔いつぶれてほしかったのかもしれない。最後のほうは自分も自棄になっていて、同じ問いに違う答えを繰り返してみたけれど酒が過ぎた近藤さんは気がつかなかっただろうか。

無茶苦茶言ったよな、なんて呆れた格好を保って放り投げた言葉を数えて見る。

「毛深いからだ。」
「暑苦しいからだ。」
「一途過ぎるからだ。」
「仕事しないからだ。」

このあたりから段々怪しくなってきて、

「俺たちのこと省みないから。」
「俺のこと構わないから。」

……最後に随分おかしいことを言ったような気がしたけれど、アルコールの力は偉大なのできっと覚えていないだろうと思う。
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