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□透過
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望んでもどう足掻いても、手に入らないものを、彼は当たり前のように全て持っていた。
それだけで憎悪する理由は、十分だったのだ。


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柳生九兵衛。世間的には、彼は将軍家の剣術指南役を勤める名家の嫡男ということになっている。
彼の今現在立つ場所は、今や職を失い自らのアイデンティティたる根本的な価値観ごと奪われた多くの侍たちにとっては、羨望の的であったろう。ただし外見から見えるものがその全てであると判ずるのは、いささが強引な見方であった。
彼には近しいものしか知らない秘密があった。
そうして彼は何も悩まずに、わが世の春を謳歌しているというわけではなかった。

「九兵衛、今何と、何と言った!?」

眼前で驚愕に目を見開く父親の顔を、無感情に九兵衛は見やった。
屋敷のあちこちから大工の声や釘を打つ音が聞こえてくる。先日の騒動の折に壊れた屋敷はまだ修復が続いている。怪我をした道場の弟子たちは、まだ半分ほどが稽古には出られそうに無い。対してたった六人で殴りこんでた相手方は、はるかに重傷を負っていたというのに既に活動を再開しているらしい。
根本的な体力の差か。いや、矜持の差だろうか。彼らと自分たちの間にあるものは。
そう、九兵衛は東条から聞いたときに思ったものだ。
かくいう九兵衛も、新八に手痛い一撃を浴びていた。それに対しては、彼に対する評価の甘さを恥じるばかりである。
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