隠れ家

□ディジタリア
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息が不規則に跳ねた。


右手の感覚は痺れているかのように重く、ぴくりとも動かすことは出来そうにない。白刃を伝って真っ赤なものがぽたりぽたりといびつに軌跡を描いては黄色く焼けた藺草の目に吸い込まれていく。滴り落ちて跳ねた雫が、投げ出された白い指先に跳ねて、触れた。

男の骨格をした手である。

僅かに第一関節を曲げて、畳に立てるようにしているが表面をかきむしったような痕はない。
男は見える右目で恐る恐る視線を上げた。
五本の指のその向こうの手首の内側は、明かりの消えた室内に浮き上がるように白い。その二の腕が吸い込まれている黒い浴衣は胸元が大きくはだけていて、なめらかな肌の上に赤黒く変色しつつある血痕が紋様を描いていた。
一向に収まらない息を継ぎながら、男はゆらゆらと独眼を彷徨わせた。

左目の上を覆う包帯がじっとりと濡れている感触があるのは、眼前に転がる白い死体の返り血のせいであろうか。いや、それとも。
男は呆然としつつも、その胸元で視線をそれ以上上げるのを止めた。

死体。

そう死体である。

明け方にはまだ遠い仄暗い闇の中、白い死体が無造作に足下に転がっている。
息はとっくの昔に止まっていた。
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