隠れ家
□屋根裏の椿姫
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枯れ果てた椿の花束がベッドの下に転がって立てた音はわずかに空気を振動させただけで、そっと落ち着いた。
自分の息遣いも感じられない。修羅場はいくつもくぐってきたはずだというのに、息が出来ない。頭の中が真っ白になってしまったかのように、指先ひとつ動かすことは出来ない。
その指先。
はんなりと微笑した拍子に口元を彩った犬歯が八重歯のようにやわやわと角質に支配されて少し硬い皮膚を噛んでいる。プツリ、音は立たなかった。代わりに背筋が震える。粟立っているはずだと思うのに、次の瞬間何故だか腰に溜まるような感覚が覆いかぶさってくる。
夢魔。否、吸血鬼だ。
それなのに何故、額に押し付けらた純銀製のクロスに彼はびくとも反応を返さないのだろう。
椿屋敷の屋根裏、黒衣の胸に大事そうに崩れそうな椿抱いた、この化け物は、一体何なのだ――――
先刻開け放ったばかりの窓の外から秋の涼しい風が吹き抜けて、またカサリとあの花束が音を立てた。
屋根裏の椿姫 +++ atro +++
古い道の果てがようやく見えたことに気が付いて、高杉はようやっと肩に引っ掛けていた旅行鞄を地面に思わず放り出していた。
バサリと乾いた道から土埃がもうもうと立つ。一時間歩きっぱなしの靴が埃で白っぽくなっている。バスの最終停留所が一つ前の町だった。
過疎化が徐々に進行しつつある小さな町だ。交通事情の悪さから近隣の町から隔絶されたような格好になっている、陸の孤島である。ゆらゆらと揺れる古びた木看板の文字は掠れきっていて、町の名前を読み取ることは出来なかった。
そこが、高杉の赴任先なのである。