隠れ家

□屋根裏の椿姫
2ページ/16ページ

はるばるヴァチカンから何故こんなところに飛ばされなくてはならないのか、思いつく理由は多々あれど表ざたになるような下手は打っていないと高杉は舌打ちしつつのろのろと足を進める。バスすら通っていない。昔は地形的関係で周辺からの手紙の配達が週に一度だったということを聞いて、思わず舌を噛み切りたくなってしまったものだ。緊急時はどうするのだろう。電話は引かれているし電気もちゃんと通っているから今はメールや電話で済むだろうが、はなはだこれからの生活が不安というものである。小売店はさすがあるんだろうな、と高杉は嘆息した。のどかだが華やかさに欠けた町の光景は、都市暮らしの長い高杉の不安をかきたてるには十分であった。

前任者が着任日時を言い置いてくれたおかげで、案内役が町の入り口あたりで待っていた。山崎とか名乗った青年は、特に特徴のない影の薄い青年である。青い目に金髪の多い欧州では珍しい黒髪黒目のアジア系だった。高杉は派遣されていたわけだからアジア人だろうと何だろうと構わないのだが、この町にずっと住んでいるというならアジア人は珍しい。親が移住者なんですよ、と山崎は気が弱そうな笑顔でいった。何でこんな田舎としかいえない町に移住したのか心底不思議に思った高杉だが、農場経営でもやっているのだろう。この町で生まれ育ったというのは嘘ではないようで、道行く町人たちに自然と溶け込んでいる。否、溶け込んでいるのはその影の薄さのせいかもしれない、と高杉は少々手酷いことを考えた。それほどまでに、山崎は凡庸としかいえない男であったが、かといってどこまで踏み込んでいいのかも分からない男であった。何処までも踏み込んでもいいような気もするし、初めから上手くかわされてやんわりと拒絶されるような気もする。

高杉の赴任先になる教会は町の更にはずれにあるらしい。
荷物は山崎に押し付けたからまだ楽ではあるが、高杉はそれでもうんざりとした。ここまで来て、更に町はずれ!
古びた石造りの塔が見えたのは、町の中心から四十分も歩いたところである。町が大きいのではなくて教会がポツンと離れているのだ。自転車か車を買おうと高杉は決意した。運動とか爽やかな汗という言葉が似合わない男だとは自覚しているのである。
教会の建物自体がかなりの年代モノであったが、欧州は古いものが平然と使用されているのが当たり前なので、感心こそすれ違和感を感じるほどではない。特に教会なんて最たるものである。遺跡かと見まがうような場所だって日常的に利用されていたりもする。
前任者がきちんと手入れしていたのだろう、教会を取り囲むようにして刈り込まれた濃い緑が茂っている。ごつごつとしたこぶのある常緑樹だ。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ