隠れ家

□ヴィブラート
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土方十四郎。

3年Z組。風紀委員会の副委員長で、剣道部の花形のうちの一人である。
その少年に、高杉はどっぷりと恋をした。
それまであまりの怖さに遠巻きにされ、ろくに異性との接触も無かった高杉にしてみればそれはまさしく初恋だった。
相手は同性だったわけだが。

高杉は初めは弱みを握るようにして脅していたのだ。風紀委員のくせに煙草なんてやってていいのかよ、と脅すと土方はしまったという顔で唇を噛んだ。その顔に高杉は心臓を射抜かれてしまったのである。初恋と同時に高杉は、自分の厄介な性癖まで自覚してしまったのだった。

以来高杉は、土方を見つけるたびに心臓が早鐘どころか胸腔の内でサンバを踊るかのように乱舞してしまうという激しい動悸に悩むことになった。このままではうっかり痙攣や心室細動を起こしてぽっくり逝ってしまいそうだ。
何とか、土方に慣れなくては命が危ない。
そこで土方から離れようと思わないあたりに高杉の思考の混乱振りが現れている。

高杉の生活は土方に出会って一変した。すっかりと土方一色の生活になった。外見的にはそう変わらないのだが、学校にもよく来るようになったおかげで土方との接触時間も増えてそのうちにすっかりと高杉は彼の存在には慣れる事が出来た。
土方は天然記念物急に鈍いので、高杉の挙動不審をちっともおかしく思わなかったのだ。なので想い人の横に立つことが出来て一杯いっぱいの高杉がいくら赤面しようと、ライターを震える手が取り落として教頭の頭上にうっかり墜落させようと、舌がもつれてどもろうと、油の切れたブリキ人形みたいな動きをしていようと、土方は具合でも悪いのだろうかとしか思っていないようだった。
土方十四郎。彼が今まで幾多の危機に陥り、またそこから脱出してきたのは、この天然っぷりのせいに相違なかった。
その土方と、高杉はこの屋上でいつしか喫煙仲間になっていた。
初めて軽く脅していたのだが、土方は数回一緒に高杉と煙草を吸うとすっかりと開き直ってしまって、今では軽くじゃれあったりもしている。
高杉は幸福だった。
土方の近くにいると、ドキドキしてただでさえ鋭い目付きがクスリでもキメたかのように危なくなるのだけれど、土方は幸いにもそんなことには全く気が付いていない。肩にもたれかかられたときは鼻血を噴きそうになったり息が一寸荒くなったり、頭がお花畑になりそうになったりしている。けれど、それにも土方は気が付かなかった。因みに高杉は土方と一緒にいるこの状態や、土方のことをぼんやりと思い浮かべているときのことをこっそりと[壊れている]と評されていることを知らない。
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