隠れ家

□飼育員と俺
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左目に眼帯を着けっぱなしにしているその男は、土方を見た瞬間、恋に落ちてしまったらしい。

最初は動物園の客に過ぎなかったというのに、その日のうちにお妙に直訴して、いつの間にか土方の飼育員に納まってしまったその男の名は、高杉と言う。

「ククク…俺の黒い獣…」

と毎日頬ずりせんばかりに檻にへばりついている高杉には、土方は黒くて丸い耳と尻尾姿の、自分と同じほどの青年に見えるのだという。
あまりの溺愛っぷりに他の飼育員にまで引かれている高杉という男は、お妙に頼み込んで土方の飼育員になったその日から、過保護に土方の世話を焼いているのだ。
土方にしてみれば、面倒臭いことこの上ない。
客よりずっとへばりついている飼育員のおかげで沖田にはからかわれるし、銀時には馬鹿にされる。お互い檻の中だから手の出しようが無いのだが、喧嘩もたえない。
さて、土方は途方に暮れていた。
土方の檻は、かなり背が高い。建物でいえば二階建てくらいの高さはあろうか。客は上下両方から土方の姿を見ることが出来る。上部と下部にはそれぞれ岩や木が配置されていて、普段木の上で生活しているクロヒョウの生態を観察できるようになっている。
その前日、夜半にかなり雪が降った。
日本一寒暖差の大きいこの土地に作った動物園だ。冬は盆地だからだろう、寒い上に中々雪が積もる。その日の朝も建物の外、檻の運動場部分に出てみれば、すっさりと檻の上部と下部を繋いでいる潅木に雪が積もってしまっていた。
クロヒョウは樹上で生活する動物だ。野を駆けて獲物を獲ったりも勿論するけれど、動物園ではそんなところは見せられない。
土方も最初は何とも思わなかった。だがいつものように、木の上にある岩場へと飛び移ったら――――降りるに降りられなくなってしまったのだ。
木は登るより降りるほうがずっと大変だ。土方の手には鋭い爪が生えてはいるが、とてもではないがつるりとした潅木の上に積もったふかふかの雪の上、滑らずに着地できる自信は無かった。野生であれば下には地面があるのだが、動物園にあるのはコンクリートだ。肩に響きそうだなと思うとどうにも踏ん切りがつかずに、うろうろと上方で行ったり来たりをくりかえすしかないのである。
途中まで面白そうに見ていた沖田は、金網でできたアーチの上に寝転がり、檻の直ぐ下を通る観客に毛皮饅頭をさらしつつ欠伸をしている。
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