隠れ家

□blue bird
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冬の終わりの雨が降っている。

もう少ししたら一気に暖かくなるだろう。庭の椿はしおれかけて、天鵞絨のような深紅の花弁が冷たい雨に項垂れている。花弁にたまった細かな雨滴は寄り集まっては黒い地面につるつると滑り落ちていった。

吉野窓から入り込んでくる寒気に肌寒さを感じで土方は肩を震わせる。
突き刺すような冷たさはなくなっても湿気を孕みじっとりとした気候は次第に肌の表面から体温を奪っていく。

江戸市外、雑然とした区画にひっそりと立っている一軒屋だ。
隊服を脱ぎ捨て代わりに夜に紛れるような黒い単を纏って出てきたのは勤務時間が終わった直後だったから、隊士たちは土方が呑みに出ていると思っているのだろう。外泊届けを出してきたから、朝帰りでも咎められることはない。居場所がわかるように携帯をもちさえすれば、完全にそこからは一人だけの時間だった。
この家は土方の持ち物ではない。
ふらりと時折気まぐれに呼び出す男から指定された場所だ。呼び出したくせに時間になっても訪れない男を待つのにももう慣れている。あちこちに人脈のある男だから、土方も正確にはいくつの隠れ家があるのかは把握していない。

「灯りくらい付けろや」

キシリ、と背後で板間が湿った音を立てて軋んだ。
土方は吉野窓から顔もそらさずに、庭で小雨に湿る椿を見ていた。慣れたもので、男は土方のそんな態度を咎めもしない。
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