隠れ家

□馨
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いっそ、憎い天人の武器を得るために手を組むことも――――

心地よい疲労が次第に思考にノイズを混ぜ込んで、高杉は小さく首を振って久方ぶりの畳に頬を摺り寄せ冷たさにまどろんだ。頭の中は紗がかけられたように重く、気だるい。この陣に帰るまで歩き詰めだったものだから疲労が今になって出てきたのだろう。埃に汚れた上着を脱いで、着物を軽くはだけさせると、うっすらとあちこちに痕が残った体が目に飛び込んできた。
他今までに作った傷とは異なり、歪んだり引きつれたりもしなかった傷は、たった一週間やそこら前に付けられたといっても誰も信じないだろう。その上、それが実は致命傷寸前までの深い傷だったなんて。
傷口の表面をゆっくりと指先で辿って、高杉は小さく溜息をついた。
ここに戻ってきても鬼兵隊の仲間たちはだれ一人として残っていない。みんな自分ひとりを残して逝っててしまった。
襖の向こうのざわめきは他人事のように遠い。その中に自分の仲間たちはもう居ないのだ。
背後から忍び寄ろうとする死の甘い繰言は、だが高杉の体に手を伸ばすことは無かった。あの青年に触れられたその残滓が残っているようにだ。自分に、生きていても良いのだといった青年の。
天人と手を組んで幕府の転覆を狙うことは、自分を残して死んでいった鬼兵隊の面々に対しては、裏切りになるのだろうか。
あの場でいっそ死んでくれたほうが良かったと、彼らはあの世で嘆くのだろうか。
いくら想像してもしきれない暗闇の中で、彼らは自分を恨んでいるだろうか。
高杉は短い呼吸を繰り返して、左目の奥にツキリと走った痛覚を見ないふりをした。

それでも、いつかは彼らもきっと、あの金色の蝉のように、この星に還してもらえるかもしれないのだ。
転がり落ち苦しんだ記憶全てを掬い上げて、還してもらえるかもしれないのだ。そんな宗教めいたことをこの自分が考えるとは高杉は思ってもみなかった。戦場で不合理を通している暇はない。けれどそれを不合理と判断せずに、そのまま受け取ってしまえたのは、彼の。
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