隠れ家

□ツンデレ参謀
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何故付き合ってしまったんだろう。
最近おかげで胃が痛くて仕様がない。

沖田とダブルパンチでピロリ菌を活性化させられているのかもしれないと思うと溜息しか出てこない土方である。

それなのに。

絶対胃を悪くするだけだと解かっているのに。

土方は今、呼び出されて伊東の部屋の前に来てしまったのである。


+++

もう春だとはいえ、夜は冷える。
上着を脱いでベスト姿では流石に腕が涼しかった。防寒のため寒い時は室内でも上着を羽織っている土方だが、伊東の部屋に行くときは何故だか上着は置いてくるようにと言われていた。どこのエロ爺だ、と思ったものである。寝巻きで来いと言われなかった分だけマシなのかもしれない。
冬の真っ盛りの時でもこの上着の件だけは伊東は何も言わなかったので、土方は反抗するのも面倒だと寒さを我慢する方を選んでいた。
どうせ狭い屯所の中なのだ。急げば数分も掛からない。
急いで来たと思われるのが嫌なものだから、ことさらゆっくりと歩いているうちに体は結局冷え切ってしまうのだが。
月が綺麗な晩だった。
白々とした月光が庭木にまるで昼間のような影を作り出している。
白と黒の鮮やかさに土方はふと足を止めた。同じほどの月明かりでも、この対照が現れるのは冬の盛りと今だけだ。肌を刻むような冷たい空気がつきりつきりと凍えて澄んで、月明かりまでも鋭利に凍らせるのである。
月の光は冷たい光だ。死んだ光だからこそ、こんなにはっきりとして鮮やかなのかもしれぬ。

「…何を愚図愚図しているんだい」

カラリ、と障子が開く音と共に出てきた顔に、土方は一瞬にして渋面になった。
それを目敏く見つけた伊東はこちらも心底呆れたという顔をする。

「人の顔を見てそんな顔をするなんて、失礼な人だな」

土方は無言で顔を背けた。見たくないなら見なければいいだけである。
しばらくの沈黙の後、あからさまな溜息と共にパサリと肩に上着が被せられて土方は男を振り返った。そこに狙ったように、頬に手を当てられる。伊東はますます渋面になった。

「ぼんやりと外になんて出ているからこんなに冷えているじゃないか…健康管理くらいしっかりしたまえよ」

そう一言が余計なものだから、土方はすっかりと喉まで出掛かっていた感謝を口中噛み砕いた。
こういう言い方をされると、意地でもありがとうだなんて言ってやるかという気になる。大体土方の体が冷えているのは、伊東が上着を脱いで来いといったせいではないか。
ふわりと鼻腔を掠めた他人の臭いにほどけかけた気分を無理やり引き結んで、土方は伊東に続いて細く開けて待たれた障子を力一杯閉めてやった。
我ながら子供じみた意趣返しだと思った動作に伊東の口が開きかけたが、どうも言ってもきりがないと思ったらしい。やれやれと肩を竦めるのに、じろりと土方はきつい一瞥をくれてやると無言で用意されていた座布団ではなく小窓の側に腰をおろした、
伊東の部屋で、土方はこの場所が一等好きだ。自室と伊東の部屋は構造自体はあまり変らないのだが、小窓からは自室とは異なる角度で庭が陰影に沈んでいる。
伊東は矢張り口を開きかけはするが、また閉じてひとつ溜息をつくと、用意してあった茶を啜った。

「届けた刀を受け取らなかったようだね」
「…」

土方は伊藤に視線すらも向けようとはしない。いつものことに伊東はもう何も言うつもりはないようであった。
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