隠れ家

□blue bird 1.5
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夜陰に乗じて、送らせた車が闇に紛れたのを確かめてから、高杉は腰を掛けていた桟から降りて障子を乱暴な手つきで閉めた。
水尾とが遠ざかり、しんと室内が静まり返ると顔つきが不機嫌に歪む。
先刻小さく小突いた己の膳は、ほとんど手が付けられていない。対照的に厭味なほどきちりと、向かい合っていた伊東の膳は片付けられている。
まるであの男そのもののようだ、と思うと唾でも吐き捨ててやりたい衝動に高杉は襲われる。
外側だけは、いい。だがそれだけだ。
他者には何も与えはしない。使いどころの限られた、毒にも薬にもならない男という、伊東という男はたったそれだけであった。

「あんな奴まで抱え込んじまったら、おめェらも大変だな」

獅子身中の虫か。否、白蟻をわざわざご丁寧にも大黒柱に案内しているようなものだ。
意地悪い言葉を投げつけられるように掛けられても、奥間から声は返らなかった。
歩み寄った男の節の有る指が襖を辿る。
白い、隣室へと続く何の変哲も無いただの襖の向こうは、引き開ければ目が痛くなるような紅をしていた。
調度は橙と毒々しいほどの紅で統一されている。相変わらず分かりやすい部屋だ、と高杉は口角を吊り上げた。伊東は知っていたか分からないが、そういうための船なのである。高杉とて、好きでもない男のためにわざわざ安全だという理由だけで、船など借り上げてやったりはしない。

部屋の中央、一組の布団の上に、男が一人、転がっていた。

白いおもては目蓋をひたりと下ろして、高杉と伊東の話を聞いていたかも分からないほど疲れているようだった。乱れた短い髪を直すこともせずに、ただ屍体か人形のように転がっている。
おざなりに羽織っただけの単が乱れて、細い脚がほとんど付け根近くまで、覗き込めば蒼い肌が除いていた。帯は適当に結っただけで太腿の付け根までいくつも花が散らされているのが見えた。行灯の仄の灯りの下、ぐったりと投げ出された体が浮き上がるようで、高杉は口笛でも吹きたいような気分になった。

「気分はどうだ、十四郎」

勿論高杉が訊ねているのは、体調ではない。そんなもの今更気遣うつもりなら、さんざ抱いたりはしないだろう。反応をしない体にいざりより、覆いかぶさるように顔をのぞきこめば、目はゆっくりと真白い目蓋が押し上げられた。とろりとした目のうちに、いかんともしがたい感情をもてあました理性が見え隠れしていて、高杉はクツ、と喉を鳴らす。
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