隠れ家
□音紬
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では――――この、己は、どうか。
高杉は唇を歪めて近づいた男の顔を、まるで検分でもしているかのように見下ろした。
ごくり、と喉を鳴らす音が聞こえるような気がする。
伊東にとっては、やはり自分すら格下の狂人か――――それとも理解すら届かない、別の生き物のように思えるのだろうか。
高杉は至近距離、うっそりと笑った。
たちまち伊東は居心地悪そうに肩を揺らして、後ろに下がろうとする。下がった分だけ距離を詰めて、高杉は口唇の端を舐めた。
まるで肉食獣が、獲物を見つけたかのような、そんな顔をして。
「てめぇは自分以外の人間はみんなバカだと思ってやがる」
肌が粟立つような、低い掠れ声に打たれた伊東は、ぎこちなく高杉を見上げる。
首筋にじとりと嫌な汗が浮いてくる感覚が、気持ち悪い。
「そのくせ、そんなバカども評価されねェのが我慢ならねェ…そうだろ?」
伊東は完全に高杉に飲み込まれている。
喉がひくりと動いて、口唇が物言いたげにわなないたが、先刻までの饒舌が嘘のように、やがて諦めたように黙りこんだ。
高杉の指摘は正確だ。正確に、伊東の胸中でドロドロと渦巻いているものを切り取り漉しとって、シンプルな形にくみ上げて、そして見せ付けるのだ。
伊東の偏って、肥大した自尊心。
自分以外を見下している、と言われてその通りだ、と言い切れるほど、伊東は愚直でも大きくも無い。
体面の悪さを曝け出して、傲然としていられるほど、肝は太くないのだ。
それを高杉は知っている。
半目に独眼を眇めて、高杉は口唇を舐める。食い殺される小動物のような目で、伊東は高杉を見上げている。
「おめェが欲しいのは、理解者なんかじゃねェ。そうだろ?」
もっとシンプルなものを。
もっと簡単で、それでいて基本的なものを。
理解者なんか小難しいものでは断じてない。