隠れ家

□blue bird 0(零)
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夏雲が低く垂れ込めているかと思えば、まだ日暮れには早い刻限だというのに、雨が降り出した。
夕立である。
近頃めっきりと気温が上がり湿度も高くなってきたが、肌を湿らせる熱が叩きつけるような雨に、それも削ぎ落とされていくような気がする。雨が止んでしまえばすぐに湿気は地面から立ち上って肌を湿らせるだろうが。
そう分かっているから、多少の気分の良さは、すぐに失せてしまった。

時折休憩所に使っている古びた辻堂に土方が滑り込んだのは、雨が降り出して少し経ったころのことだった。
振り出してすぐに駆け込んだのだが、それでも肩も髪もすっかりと湿り濡れてしまっていたから、プルプルと土方は犬のように髪を揺すって水気を弾き飛ばして一息つく。
商売道具には、何とか死守したおかげで被害はないようだった。十四歳の少年には、まだ大分大きい薬箱が何とか無事だったのを確認して、土方はやっと安堵した。降り出してすぐ懐に抱えこむようにして走ってきたのが良かったらしい。
一緒に持っていた竹刀袋は先端が湿っていたが、こちらは濡れてもどうということは無いので気にはならない。
格子戸を閉めて、ぼんやりと空を仰ぎ見ると、雲は遠ざかろどころか体積を増しているようだ。
もしかしたら夕立では済まないかもしれない。今日中には日野まで戻るつもりでいたのだが、まだ昼とはいえ、一晩ここで過ごす羽目になるかもしれないと思うとげんなりとしてしまう。
このあたりの地理は土方も良くは知っているが、夜はうろうろ出来ない。
辻斬りが出るのだ。
天人だか攘夷志士だとかには全くといっていいほど興味がない土方だが、そのどちらかも分からないが、それは辻にひっそりと佇んでは通りがかる人間を斬るのだという。
先週は四人やられた。今まで総じて十人以上はやられているはずだ。
男は真っ二つ、女は犯されてから殺されていた。
いつ止まるとも知れない辻斬りに、すっかりと周囲の町や村は萎縮してしまっている。だから夜歩くわけには行かないし、もし強行して途中で何かがあっても人通りはないも同じだから助けを求めることも出来ない。
一応薬箱この中を検分して、湿って駄目になってしまっているものが無いかを確認してから、土方はまた恨みがましく空を見上げる。雨は弱くなる気配すらない。地上に有るもの全てを洗い流そうとするかのような、激しい雨だ。
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