隠れ家

□blue bird 0(零)
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溜息を吐いて、薬箱を片付けようとした時だった。

ザアザアと叩きつける雨の中に、他の音が混じる。

土方は首を傾げた。自分の他にも降られた人間が走っているのだろうか。
足音は近づいてくる。どうやらこの辻堂来るらしい。
ぼんやり他人事のように(実際他人事なのだが)考えつつ、箱の中身を確認して、戻ってから補充するものを数えようとして、やっと土方は気が付いた。
すぐ近くまで足音はやってきたのに、人間は一向に入っては来ない。
何をしているのだろう、と頭の隅でちらりと土方は考える。
このあたりは廟があるし木は多いから、雨宿りだけならどこでも出来るが、屋根があるのだからこちらを普通は選ぶだろう。それなのに入ってこない。
もしや自分に遠慮でもしているのではないだろうか――――しかし、そんな遠慮など、このあたりにする人間はいないだろう。
そう思いつつ、土方は首を廻らせる。
こんなボロいところにいるのだ。もしかして自分が辻斬りと間違われているのかもしれない――――そう、振り返った途端、硬直した。

格子のすぐ外に、人が立っている。

男のようだったが、逆光で顔は見えない。
入ってこればいいのに、というつもりだった声は喉に張り付いて、止まる。
つんと漂ってきたのは、湿った雨の匂いに混じった、血の――――匂いだ。
男は何も言わない。
だが殺気だけは、全身に降り注ぐ気配だけは、何も知らなくとも土方には分かった。
指が震える。もしかして、この男が辻斬りなのだろうか。
それなにら逃げなくてはいけない。竹刀袋を手繰り寄せはしたが、勝てる相手ではないということはわかっていた。頭ではなく、肌がそう教える。本能が激しく警告音を掻き鳴らしている。
逃げないと。早く逃げないと。
そう思うのに、竹刀を取り出すことも出来なければ、足も竦んでしまったようで全く動かないのである。
男の体がゆっくりと動いた。

格子戸が引き開けられる。
カラリ軽い音がした。場違いなほどに、明るい音だった。
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