隠れ家

□Melancholischer Vogel
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離れに通されて煙草を丁度三本吸いきったところで、男は現れた。
相変わらず手配書といくらも違っていないような、女物の派手な着物だ。少しは変装すればいいのに、高杉は警察など屁にも思っていないのかもしれぬ。確かにこれで捕まえられない警察も、真撰組も怠慢というもので、だから土方は頭を抱えたくなる。わざわざ土方が情報操作をしなくとも、これでは彼らは高杉の邪魔をすることもできまい。

高杉はいつもと変わらぬ仕草でプカリと煙管の吸い口から唇を離して煙を吐くと、

「動くぞ」

と何気ない調子で言った。
それから土方の顔を見て、ちょっと拗ねたように、

「おめェは動揺もしねェな」

と愚痴のように呟いた。

「…武市の差し金で人斬りが暴れてるっていう話が入ってる。おめェが何してるかくらい分かるさ…次は何を、狙うんだ」

こちらこそ拗ねたように土方は、振り返ろうともせずに小窓の向こう、夏の庭面を眺めている。
その仕草に面白くないという顔をした高杉は、どかりと土方の背後に胡坐をかくと、その肩に圧し掛かりながら耳朶に口唇を押し付けるようにして囁いた。

「ターミナルだ。あそこをブッ潰して、天人どもの足を止める」
「止めてどうする。前こみてェにとってかえして、将軍の首でも狙うってのか?」

指がするりと襟元から、単の内に侵入してくる。
まだ昼だと呟くけれど、高杉が悪びれるたためしはない。ただの料亭なのだと抵抗しても、それならと隣の間に布団を用意させると言われるだけなのを知っている土方は、口をつぐんで、いいようにさせている。

「まずは足元でひしめいてる天人どもを減らさねェと、やることもできねェ」

高杉はくつくつと喉を鳴らして笑った。少数の過激派攘夷グループであるなら、他の攘夷派が事件に便乗呼応して武装蜂起するのを待つだろう。しかし高杉の持つ兵力はそうではない。幕府に対抗するにも天人の軍を止めるのにも足りないだろうが、独自の戦力で多角的な行動を取れるほどには勢力はあるし、武器もある。
そのくせ高杉が言うには、どうも今回の作戦は一発打ち上げるだけなのだという。
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