隠れ家

□Eifersucht auf einen Vogel
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結局、来てしまった。

土方はかぶき町の雑踏を背に、お世辞にも綺麗とはいえぬ看板を見上げていた。
万事屋銀ちゃん。それだけしか看板には書いていない。サービスの内容も、セールス文句もなければ、ネオンで飾り付けられてもいない。簡素な看板だ。
2階へと続く外階段は錆びついてぎしぎしとしなっている。派手にここで暴れたら、床が抜けてしまうのではないか。そんな古びた事務所である。
だが土方はここに喧嘩をしにきたわけではなかった。
万事屋の主人が人斬りに襲われたことは、警察から連絡が来て知っている。初めての人斬りの目撃証言だった。そこから導き出された男は矢張り、現在確認されている攘夷志士の名簿にに名前が載っている。更にそれ以前に万事屋たちと一度違う場所でやりあったことがあるらしい。
つくづく物騒な縁の多い男だ。
そういう土方も、人斬りの名前は良く知っていた。万事屋に繋がっている別の物騒な糸の方も、十分すぎるほど知っていた。

だから今日は、暴れに来たわけではなく、忠告に来たのだった。

呼び鈴の付けられていない扉を数回軽く叩いて呼びかけても、人の気配は無かった。しかし病院と警察から聞き出した怪我の程度では、そうそう外出することもままなるまい。まだ入院していてもいいはずの怪我だ。
諦めることなくがんがんと叩き続けると、内側でようやくかすかな物音がした。今まで眠っていたのかもしれぬ。
しばらくして、玄関を引き開けた白髪パーマは、ぐったりと青褪めた顔で土方を上から下まで眺めると、

「…もう話すこと、ねェんだけど」

と、いつもより幾分弱々しい声で言った。
本人はいかにも面倒臭そうに言い放ったつもりであろうが、とてもそうは聞こえない。
土方は鷹揚に、吸っていた煙草の先端を靴先でにじり潰す。ゴミを捨てるな、といつもなら食って掛かられたかもしれないが、そんな元気は銀時にはないようだ。
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