+++インソムニア+++
□てのひら。
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「土方さん、エロい顔してますねぃ」
「死ね」
首から下げたアイマスクを弄りながら言ったら視線も寄越さず返された。仕事直前のピリピリしているこの人はいつもの言葉遊びのような加虐も許してくれない。
それ以上は刀が抜かれる気がしたから止めておいた。仕事の邪魔になったとあれば、しばらくかまってくれないだろう。
「副長、一般人の避難、全て完了しました」
小走りに駆けてきた山崎が最敬礼しそうな様子で報告する。
鷹揚に頷いた土方さんは、一応そいつらの身体検査をしておけと言い置いて山崎の隣をすり抜けた。階段影に準備していた隊士の誰かが唾を飲む音がする。
俺は黙ってアイマスクを懐にしまった。俺は血をかぶらないだろうけれど、近くにいるこの人はそういうことお構いなしに突っ込むものだから。
シャ、と鞘走りの音がして、黒々とした鞘から銀色の刃がずらりと抜かれる。てらりと安っぽい蛍光灯の光を反射した刀身に土方さんの、切っ先のような貌が映った。
ぴんと背筋を伸ばした土方さんが刀を抜く瞬間が一番好きだ。その瞬間だけ他の音が遠ざかって無音に沈む。神々しいとまで思える光景に一瞬で神経が沸騰しそうになる。
それはあの人も同じで、音が消えるようなその仕種の瞬間に、あの人の顔は無表情な口元を吊り上げる。
「御用改めである!!神妙にしろっ!!!」
―――靴底でドアを蹴り破って突っ込むその人の後に続く役だけは手放さない。