+++インソムニア+++
□蛹
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縁側から降りると途端に湿った土の匂いが立ち上ってしっとりと隊服の裾を湿らせていく。
もう直ぐ梅雨が来るのだろう。
屯所の庭にある紫陽花がそろそろ色づきだすころだ。
仕事に一段落をつけてふと外を見たら薄茶色をした見慣れた頭が庭に有るものだから、つられるように外に出てみた。風までが湿っている。
―――そろそろ雨が降り出すかもしれない。
+++蛹+++
「何してんだ、総悟」
声をかけても視線も寄越さない。可愛げのないヤツだと思うが、沖田が自分に対してそうなのはいつものことなので、もう今では気にしない。慣れというやつだろうか。時々怒鳴りつけたくもなるが。
「オイ、総悟」
「もう、人がせっかく観察してるってのにうるさいでさぁ」
なんだよ俺がいけないのかよ。
ただ声をかけただけだろうが。言いたいことはあるが、口に出したところでどうせわけのわからない理屈を付けられるのだ。それよりも沖田が見ているものの方が気になって、土方は少年のようなその肩越しに覗き込んでみる。
つやつやとした紫陽花の葉の上に居たのは、カタツムリではなかった。
「なんだ、青虫じゃねぇか。紫陽花の上に居るたぁ珍しいな」
「そうなんですかぃ」
「青虫はキャベツって相場が決まってる」
「土方さんの貧困な想像力じゃそうかもしれませんがねぃ」
「………総悟」
「冗談でさ」
柄に手をやれば相変わらず何を考えているのか分からないような顔でひらひらと手を振られ、脱力する。いつもこんなやり取りだ。
それは自分の沸点が低すぎるのか、それとも沖田がからかいすぎるのか、おそらく半々の理由であろう。