+++インソムニア+++

□蛹
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「お前でもこんなもんに興味があるのかねぇ」

鯉口を切ろうとした手を上にやって煙草を食む。紫煙をふ、と空に伸ばしながら土方は呟いた。

のたくたと紫陽花の葉の上を這っている青虫を沖田は一心に見つめて居る。相変わらず何を考えているのか分からない顔だったが、何故だか少し嬉しくなって、土方は向けるつもりだった小言をひそりと飲み込んだ。

沖田が年相応の仕種をしているのを見たことはなかった。

いつでもこの男は不思議な目をしていた。
とらえどころのない視線でどこまで本気なのだか分からないことを言う。沖田の心中を図るのは不可能ではないかと思う。
だから、こういうふとした瞬間が嬉しいのかもしれなかった。

(子供にしちゃあ年がいってるけどな)

そのまま踵を返して縁を上る。閉めかけた障子を途中で止めて、まだ青虫を見ている細い背中を見た。

湿った風が這入って来る。

不快ではなかった。


+++++


あれからずっと、沖田は暇さえあれば紫陽花を見ている。サボり癖のある沖田のことである。ひまな時間などなくても作り出すのだが、いつものふざけたアイマスクをのっけた昼寝と違って土方はあまり煩く言わない。
仕事がたまるのはいつものことだから言っても仕方がないのもある。
だがやはり、少しだけ微笑ましいと思っているのも確かだった。
梅雨がいよいよ近づいて、もうそろそろこのあたりも前線が来る。降りそうで降り出さないどんよりとした雲と、色づいていく紫陽花と、沖田の背中を細く空けた障子の隙間から覗くのが土方の日課になった。

空気がいよいよ湿気に濡れて重たくなってくる。じっとりと項に浮いた汗をスカーフが吸い取ってしまう。きっちり着込んでいた隊服はいつの間にかベストになった。
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