+++インソムニア+++

□相似形
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「それ以上近づくな」


男の低く唸るような声を聞いたとき、毛を逆立てて威嚇してくる猫のようだと思った。

そんなに実際は可愛らしいものではない。長刀をこちらに向け、眼光鋭く睨みつけてくる男。
周囲の血だまりはこの男が作り出した。

五人を瞬く間に切り伏せる、暴風のような男。

常人なら失神してしまうだろう。
白いスカーフにも傷ひとつない頬にもべっとりとこびりついたものは小道具ではない。

ぱたぱたと男の刀から滴り落ちるものが地面に未だ吸い込まれない水溜りの中に落ちて、静かにクラウンを作っている。スローモーションのように見えるのは、それが本物の水のようにさらりとしたものではないからだろうか。それとも極限状態に瀕した自分の神経が時間感覚を失ったのか。後者はありえないと思った。

この修羅のような男を眼前にして気絶できる神経も、狂うような繊細さも自分は持ち合わせていない。そういう自覚をもって、高杉は狭い視界を土方に向ける。

咥えたままの煙管につめた煙草には先刻まで隣で呼吸をしていた男の血を吸ってしまった。
もう味など分からない。


「おとなしく投降すれば良し」
「しなければ」
「屍になりたかったら好きにしろ」
「抵抗する権利くらい与えてくれると嬉しいね」
「抜いてから言え」

先刻近づくなといったくせに、今度はすばやく間合いを詰めてくる。一閃を飛び退って交わして、腰のものを抜いた。
二撃目は刃をかみ合わせる。切り結んだ部分からちら、と青白い火花が散って、体力勝負になる前に刃は離れる。
勢いのまま横に凪ぐと上体をそらして避けてくる。

反射神経は同等。

速さは、こちらのほうがスイッチが入るのに時間がかかる。

準備運動を既に済ませた相手は今もっと早い。
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