+++インソムニア+++
□相似形
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その土方は口汚く舌打ちして咥えたままの煙草を吐き捨てる。血溜まりに着地したそれは、ぺたん、と間が抜けた音を立てた。それを合図のように三回目はこちらから仕掛ける。
低い体制からすべるように懐に入って切り上げる。体を捻られ頬のすれすれを刀の銀が通っていった。
あの白い頬に傷付けられたらどんなにか美しい赤が見られるだろうと思った。
黒い夜と赤い地面の上で、まだ残る白。
噴出す赤が見たい。無理やり上方に一度抜いた手首を捻って下に下ろすと、一瞬遅れて刃がかち合う。
また火花。
けれどその前に、隊服の右肩がぱくりと裂けている。
刃はベストとシャツの下まで通って、肌に浅く傷がついた。一瞬緩んだ力を見取って、間合いを空けられないように覆いかぶさるような至近距離で押さえ込む。
金属のこすれあう嫌な音。
不快そうにこちらを睨みつける瞳孔が開いている。煙草を捨てた口元がきつく食いしばられていて、この黒と白と赤とで色塗られた男をこのまま犯してやろうかと思った。
人を斬るのは征服欲に似ている。
意のままにならないものを押さえ込む延長で切り殺す。ひどく自然なことのように高杉には思えるのだ。
鳴かぬなら殺してしまえ時鳥。
―――だがこの男は、殺してしまうには惜しいと思った。
したしたと浅い傷口から流れ出る血液はたいした量ではないが、力押しに押さえ込まれている今は肩に力が入り、塞がる様子はない。押し返そうと緊張する筋肉が分かるようだ。そこから覗いた二の腕は鍛えられた男のもので女とは似ても似つかない。ただ、その眼が。
相手を射殺そうとしているくせに、ここ以外の世界を漂っているような奥深い欠落が欲しいと思った。