+++インソムニア+++

□チアノーゼ
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風呂から出て、少し歩いたところで立ち止まる。

現在位置が分からない。泊まっている部屋だって騒動が終わって手近にあったところを選択したから、建物との位置関係なんて分からない。

歩いていればそのうち出るだろうと思い踵を返した瞬間、細い煙を視界の端に見つけた。


今日は月が細い。


視界は薄暗かったが、それでも見えないことは無い。
夜目は利くほうだ。でなければ夜中に知らない場所で立ち回りなんてできやしない。半ば後天的に慣らした視力が発生源を探す。ほんのりと薄暗い縁側に見つけた影は、やはりというか、予想通りというか、見知った人間の煙草だった。

「多串君」

まだ寝てなかったんだ。フレンドリーに話しかける。

それでもこの眼前の人物は、何が気に入らないのかいつもきつく睨みつけてくるか、理不尽なまでに手厳しい言葉を浴びせてくる。多分俺の軽い部分がいけないんだろうなぁ、とは思うが直すほど努力するのも面倒くさい。
そんなことを思っているうちに、いつの間にかだらだらと仲も頭も悪い関係になってしまっているが、実は俺はそれほどこのカタブツが嫌いではない。

からかって遊ぶと楽しいし。
こういう部分がいけないのかな。

振り返った多串君は、いつもと違って怒鳴りもしなければ睨みつけもしなかった。
ふい、と視線を一瞬寄越して直ぐに戻す。唇に咥えられているのはおなじみの煙草で、何がそんなに美味しいのかねぇ、なんて思う。

苦いだけじゃん。
糖分もカロリーも無いしヘルシーでもない。

「お前こそなんで起きてる」

ゆっくり煙草を唇から声が帰ってくる。無視されたのかと思っていた。

「いや、風呂から上がったら部屋分からなくなっちゃって」
「お前のところは逆方向だ」

一回戻れといわれて、襖とか突っきって行けないの?と聞くと眉をひそめられる。

「そこ通って三つ目だが」
「…だが?」
「そこは俺の執務室だ」

ついでに隣は近藤さんの部屋だ、と付け足す。ぴったりと障子の閉まった二つの部屋は見た目どうも変わらないが、確かに多串君の指差した方向からは、かすかに人の呻き声と思しきものがこぼれてくる。

まだ魘されてんのか、あのゴリラ。
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