+++インソムニア+++

□帰る場所。
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+++帰+++

帰る場所はひとつでいい。
あちこちに寄り道をしたら肝心なときに会いたい人に会えもしないだろう。だからひとつだけでいい。沢山あったら、きっと未練が残って仕方がない。


足の感覚がなかった。けれど景色が動いているから、前に進んでいることに間違いは無いのだ。
相手のものかも自分の者かも分からない血が目に流れ込んで視界が霞んでいるけれど、拭うだけの体力も残っていなかった。
片手は上がらない。
力任せに殴り飛ばしたときに嫌な音がして、動かなくなった。
もう片方は駄目だ。刀を握っている。取り落としたら、拾い上げられない。

散々な状況だ。べっとりと胸部にこびりついたのは自分の血だろう。感覚がなくなり始めている。痛覚が、あまりの情報量にショートしたのか無くなっているのはありがたかったけれど触覚まで一緒に失せたのは勘弁して欲しい。体が安定しない。早く進まないといけないのに。

始めたときは宵の口だというのにもう月が西に傾いている。時間の感覚も痛覚と一緒になくなった。

早く。

それだけ頭が繰り返しているけれど、何故か焦りはなかった。焦る余裕すらなかったかもしれない。
血圧低下。血が止まらない。
一歩進むごとにぽたりと音がする。しなだれた前髪がどれだけの血を吸ったかも分からない。

その場に居たのは全員、間違いなく殺した。

最初に遠くから狙撃されて腹の中に弾丸が残っていて、時間が掛かったのがいけなかった。背中から一太刀。肩口から綺麗に脇腹に抜けた。更に足に一撃。腱が切れているかもしれない。けれど足はすさまじく遅いスピードであるけれど前に進んでいる。

自分にこんな執念があったのかと思うとこんな時だというのに笑えた。昔は野垂れ死にも仕方がないと思っていたのに、たったひとつ場所を見つけたらこんなふうにみっともなく足掻いている。昔の自分がこの場に居たらきっと刀を振り下ろしてくれただろう。その方がずっと楽だ。けれど。

自分の帰る場所はたったひとつしかないので。
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