+++インソムニア+++
□帰る場所。
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いよいよ血が足りなくなって足がくず折れる。けれど手が勝手に這って、前に進もうとした。すさまじい執念だな。
這ってでも生きたいとは思わない。けれど這ってでも帰りたいと思う。死に場所はとっくの昔に定めている。
「―――オイ」
遠くで声がした。
低い男の声だった。
目が霞んで誰かも分からない。
ヒュ、と息を吐き出した気管が鳴った。少し前に殺した人間が断末魔の代わりに零した息に似ていた。
気配が近づく。すぐ横に膝を付く気配がする。頬に触れた手は暖かかった。
自分のものよりもずっと大きくてかっちりと骨ばった男の手だった。
ああ、あのひともこんな手をしている。帰らないと。還らないと。
―――こんどうさん。
「……少し寝てろよ」
間近で聞いた声に男の名前を思い出す。けれど泣きそうな声に瞼が勝手に視界を閉ざした。アカがクロに変わっただけだ。見えないのに変わりはない。
最期に―――
会いたいと思った人の顔が、落ちていく意識の中で銀髪の男と二重に重なったと。
次にもし目が覚めたなら、自分は自分の想いに罰せられるだろう。
そんな理解不能なことを黒に飲まれる刹那、想った。