+++インソムニア+++

□黒いオフショア
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電車は一定の振動を身体に加えながら、短調な音を響かせている。

江戸で見るような新しい型の電車ではない。
コストパフォーマンスのせいか、ところどころ錆びているようにも見えるのは、海が近いから潮風のせいなのかもしれない。どちらにせよ、あまり安心感というものはないのだが。

この電車のせいいかはわからないが、客は土方一人だけだった。

快適とはいえない状況に加えて、冬の海に行くなんていう物好きはいないからだろう。向かった先は江戸から少し離れた海だった。太平洋側にあるくせに岩場も多く、何より今の時期は荒れている。
夏に怪物騒ぎのあった海岸だが、その時は有った露店も今は閉まっている。放置された海の家が沿線沿いにぽつんぽつんと並んでいてなんとも物寂しい気分にさせられる。

頬杖をついて土方はぼんやりと窓の外を見ている。

曇天だった。

きっと風も冷たいのだろう。
いつもの着流しと、上着程度で着てしまったことほほんの少しだけ後悔する。普段なら眠気を感じるだろう電車のリズムというものも、土方の頑強に睡眠を固辞する神経は引きずられることは無い。

時間を紛らわせようと持ってきた文庫本はもう読んでしまっていて、今はただただ退屈だ。

どうしようかと視線を投げると、丁度電車は目的のホームに滑り込んだところだった。


+++黒いオフショア+++


矢張り少し、寒かった。

春は都心には来ているというのに、ここはまだ冬のままだ。

波が荒い。

降りた無人駅で煙草を吸い、欠如していたニコチンを補充すると土方は木造の駅舎の外に出る。肌を刺すような風に骨まで切られてしまわないかとぼんやりと、他愛も無いことを考えていた。
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