+++インソムニア+++
□黒いオフショア
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その駅で土方と一緒に降りたのは一人だけだった。
その男も直ぐに駅の外へと出て行ってしまって、正真正銘土方は一人だけになった。フィルターすれすれまで吸った煙草を煤けた灰皿に押し付けて出てきたというのに、外に出た途端土方は直ぐに煙草の煙が欲しくなる。吸ったとしても強風に直ぐに吹き散らされるだろうと分かっているから、ライターは取り出さなかった。
砂浜は矢張り思ったとおりで人っ子一人居ない。
ザ、と荒い音をたてて波が砂を削り取っていく。
海の家にかけられたままの簾がカタカタと揺れては吹き付ける風に捲れあがる。物騒だと思ったがああいう形の家に鍵を掛けろというのも無理な話だし、第一盗られて騒ぐようなものも置いてないに違いない。
しばらくぼんやりと海を眺めていた土方は、やおら裾を捲って草履を乱雑に脱いだ。
足はたちまち砂に埋まる。湿ってひんやりとした砂は瞬く間に温度を吸い取っていく。
海の向こうは曇天のせいかよく見えない。
水平線はでこぼこといびつな形をしていた。遠いから多少の凹凸など分からないはずだ、きっと目の錯覚なのだろう。
すっと足首まで完全に水に埋まる。
黒い海は夜のようなそれに少し、似ていた。
青緑の波は、矢張りあのとき海中で感じた感覚を連れてくる。
叫びだしたいような、この体の中身をぶちまけて―――――還ってしまいたいような、そんな感覚がぐるりと体温を失っていくからだの中を駆け巡った。
足首からふくらはぎを徐々ににのぼっていく水は、体温を次第に奪っていく。