+++インソムニア+++

□「斬」
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斬。

対峙した瞬間、ぴりと心地いい緊張が背筋を走り抜けていった。太平になって退屈になった近頃は滅多に味わえなくな った高揚がじわりと腹の底から沸いてくる。瞳孔の開ききった黒い目がじっとこちらを見ている。肉食獣の目だ。そう でないなら、猛禽類の。どちらにしても強者の目だった。力を持っている。
正眼に構えられた切っ先は真っ直ぐに自分の喉元を狙っていて、高杉は低く笑う。捕まえる気など端からないようだっ た。力量を測り損ねたものは死んでいく。戦の摂理だ。自然の摂理でも有る。自分と対峙した鬼と呼ばれる男の周囲に は失われた戦場の気配が色濃く残っていて、舌なめずりをした。ああ、血液が沸騰しそうだ。

「神妙にしろ」

それでもその血を吸ったように真っ赤な唇が形だけそんなことを言うものだから大声で笑い出したくなる。斬り捨てる つもりなんだろう。問答無用で斬り捨てるつもりなんだろう。既に向けられた切っ先は真っ赤に染まり幾筋もの毒々し い筋が模様を描いている。何人斬ったのだろう。血煙の中に佇む姿が酷く妖艶だ。狂っているんだろう。お前はそこに 居るべきじゃない。



だってこんなにも似ている。



純粋な男だと思った。無駄が無い。ひどく機能的だ。ひとつの目的のために存在している。機能的、いや機能美と言っ た方が良いだろうか。そのおどろおどろしい姿に美なんていう言葉を連想するだけ、自分も相当イカレている。
一合目でかみ合った刃に青白い火花が散るのが見えた。弾くようにして後退する姿を追って開いたばかりの距離を詰め る。横凪に走った一閃をかがんで交わした。髪の毛が何本か犠牲になった。下から切り上げた刃に背筋を弓なりにそら せる。ピ、と薄皮を剥いで青白くも見える肌に紅い線が生まれた。上から打ち下ろされた一撃を受け止める。見詰め合 う距離が近い。黒々とした瞳の向こうにはちらちらと青い火が見えた。これほど純度の高い殺気は浴びたことがなかっ た。憎悪も憤怒もない。ただ殺すために。それ以上の意味など無いのだ。

ああ、やはり似ている。狂ったもの同士だ。
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