+++インソムニア+++

□「斬」
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「守れねぇよ」

だってお前の手は殺すために存在している。そのためにつくられて、そのために壊れることしか許されない。

「なぁ、俺とお前、どっちがイッちまってんだと思う?」
「知るか、よ…!」

至近距離でささやいた言葉に噛み付くように声が返る。初めて私情をはらんだ声は濁っていた。憎悪と、それから、お そらく焦燥とで。かみ合った箇所がぎちぎちとなって不快だったので、足を払う。バランスを崩しながらも反射的に体 勢を建て直し一瞬引かれた切っ先が喉元を貫くように襲ってくる。首の皮一枚で避けたならたちまち横薙ぎに撥ねに来 るだろう。あっさりと距離をとって、けれど体勢が整いきる前に懐に飛び込んだ。鳩尾に一撃、傾いだ体をそのまま背 後に押し倒す。埃を吹く地面に砂が乱れる音がした。刀を握る手首を柄で叩くと、短い呻き声が上がるだけだった。

「つまんねぇなァ」
「ツ、アァ!」

密着した体勢で起き上がろうとする肩をねじると、ゴリ、と鈍い音がして、男の背がぎしぎしと撓る。痙攣する体の上 で高杉は笑った。この声が聞きたかった。

「オラ、命乞いしてみろよ。助けてくださいって。言えるだろう?」

先刻まであわせていた刀を逆に喉もとに突きつけてみても黒い目は細まることもなければうなだれることも無かった。 瞳孔の開ききった真黒い目その奥にまだあの青白い火は消えない。恐怖を、きっと知らないのだ。気狂いだから!

「はは、狗のくせして力関係が分からないってか!面白ぇなあ!」

きつく噛み締められた唇が痛々しい。美しい狗。美しい狂気。気が付いていないのだろう。そんなずるいことは許され ないのだ。

だって、自分はこんなにも消化しきれないものに苛まされている。
気が付かない振りを、ずっとしているのだけれど!
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