+++インソムニア+++

□夏が死ぬまで
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大事にもできないのに、こんな風になることが間違っている。
愛し方も知らないくせに、愛してもらえると思うのは傲慢だ。
傷つけることが分かっていて近付くような罪悪。
知っていてまた一人、どうしても傷つけてしまつたのはただただ本能的な、人肌を求めてしまうような寂しさのせい以外の何者でもないと、そう何度も傷つけては言い聞かせてきた。

思いやることも暖めることも、大切にすることも出来ない冷たい人間が、愛されるはずがない。


そうわかっていてまたひとつも、愚かなことに罪ばかりが増えていく。


     +++ side H +++
 

――――春が、死んでしまった。

庭の緑が濃くなっていくようだった。季節の死は風に混じる香りで近くした。
薄らと開いた障子の内側に這入りこむ風は大分湿り気を帯びてきて重い。もう幾許かしたら、梅雨が来るだろう。
二度目の梅雨だった。
一年、もったのだから奴もよく我慢したていると思う。だが実際本格的に奴――――坂田と俺が付き合いだしたのは、その梅雨が明けて一度目の夏が死に、冬が生まれようとするころだったから、実際にはこの関係はまだ半年ほどにしかならないということになる。それでも今までの記録は抜いて坂田は俺にとって、人生の中で最も長く付き合っている相手ということになる。

その男――――坂田銀時と俺が出会ったのは仕事でのことだった。
テロリストの協力者と見做された男は調査の結果、攘夷戦争時代に活躍した大物だったということが判明し、監察活動は未だに続いている。真撰組の副長という立場柄、攘夷浪士の情報を全て把握していないといけない俺はまたひとつ仕事が増えたと嘆息したものだった。一時は危険人物だと罪状をでっちあげて抹殺してしまった方が楽ではないかと真剣に思ったこともある。局長が以前決闘に敗れた時の仇討ちは今思うとまたとないチャンスだったのかもしれないが、軽くあしらわれて以後迂闊に手は出せなくなってしまった。

その坂田と、どうしてこうなったのかは俺自身よく分からない。
あの男の頭の中ほど計り知れないものもなかった。だがこんな欠陥ばかりのやっとヒトの形をしているといった人間に、よくもこんな長くかかずらうことが出来るものだと思うと、自然と口の端がつりあがる。

「何気味悪ィ顔してんですかィ」

空気でも変わったのか、相変わらず柱に背を預けていたはずの総悟がアイマスクを押し上げて、小奇麗な貌を顰めてみせた。

「旦那のことでも考えてやしたかィ」
「あァ」
「少しは隠せよ、このバカップルが」

心底嫌そうに言いながらも、俺と坂田がそんな関係ではないと知っている総悟は、またすこうし顔を歪めて俺の体を頭の天辺から胡坐をかいた足まで、何一つ見逃すまいとするように眺めている。
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