+++インソムニア+++

□夏が死ぬまで
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「半年、でしたっけか」
「そうだな」
「長い方だとは思いやすがねィ」

総悟は俺が他の人間(というよりも、他人、いやヒト、というほうが正しいだろう)と付き合うことを良くは思っていない。それは俺が最初から壊れかけている不良品で、他の人間にかかずらえばその分だけ余計に早く磨り減っていくことを知っているからだ。

「早く楽になっちまえばいいのにねィ」

しみじみという声はも、いつもの「死ね」より少しだけ、重たかった。
坂田との関係が終わることか、それとも俺が死ぬことか、どちらを総悟がが意図したのか俺には分からなかった。
だが総悟は数少ない俺の理解者なのだ。どちらにせよそうさして美しくも正しくもないこの生の中で、俺が楽になるのはその二つのどちらかでしかないということを、正しく総悟は理解しているに違いなかった。

ポタリと小さな音がして、縁側のふちが黒く濡れた。

空気にほんのわずか冷たいものが混じり、やがてかすかに雨だれが忍び寄ると眼前に紗が掛かったかのように、銀の雨滴が降ってくる。その向こうからひとつ、飽きもしないで足音が次第にこちらに近付いてくるのに総悟がまた酷く嫌そうな顔をして立ち上がる。

「心配すんな」

俺はその背中を見ないまま、ぼんやりと銀紗に霞んだ視点を焦点も合わせようともせずに呟く。

「夏が死ぬまでには、全部終わってる」

そのまま俺はずっと庭を見ていたので、総悟がどんな顔をしたのかは分からない。少し重たい総悟の足音が遠ざかった後に、それより少しだけ軽く濡れ始めた地面を踏んで近付く足音に、俺はふと目蓋を下ろして男が呼ぶのを待った。

「土方」

以前よりずっと重くなった声は、終末の予感をいつしか湛えるように雨同様に湿っていた。
願掛けのようにその男でなければいいと一瞬俺は何故だか思ったけれど、目を開けたその向こう側で銀髪の男が銀紗の雨に包まれて、いつもと同じ顔で俺を見ていた。

泣き笑いのような珍妙な、いつもと同じ顔で。
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