+++インソムニア+++

□冬雀
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灯台下暗しというか、木を隠すのは森の中というか。土方の私室には資料室とは別に打ち合わせ用の資料が常備されている。その中から大量の提出期限間近の書類が出た時には、土方もさすがに口からエクトプラズムがはみ出かけたものだ。

勿論沖田その人の仕業に違いなかった。
鬼副長が総指揮を執る大掃除、一筋の埃も、一冊のエロ本の乱れも許さないその監督を逃れて、こっそりと仕込まれたものに違いなかった。土方は元々几帳面な性質をしているものだから、大掃除の指揮を執るのに気が向いて自分の部屋はそこまでひっくり返すまいというところまで、周到に計算していたに違いなかった。
日常業務に加えて大量の書類――――といっても本気で掛かれば一週間でこと足りる。

では残り三日は何をしていたか、といえば。

何のことはない、手のかかる沖田の尻拭いをさせられた直後に手が掛かる諸事情の世話を焼きたくなかったのだ。
だがあまり放っておくと、いくら脅しつけたとはいえ諸事情が暴走するかもしれないというわけで。
松飾りもすっかりと取れた頃に、土方はようよう私宅へと戻ったのだった。

一月も半ばを過ぎた頃合いだ。寒さが足元を這い、爪先をくすぐっては凍えさせようとする夜のことだった。つい先程まで、雪がふわふわと降っていたらしい。とうに門松も取れた住宅街の玄関にはポツポツと灯りがついているだけで、十二月末のイルミネーションしか覚えていない土方にとっては、見なれているはずの街並みが随分寒々しく見えた。赤いマフラーを首元から引き揚げて、足どりが早くなるのも当然のことだった。

私宅まで辿り着けば、多分諸事情は炬燵に潜っているだろう。一瞬、諸事情がしびれを切らしてアジトに戻っているかもしれないと思ったが、それはなかろうと思い直す。あの意地っ張りな諸事情は、土方が帰ってくるまで意地でも待っているだろう。
角を曲がった途端、現れた柔らかい灯にほんの少し頬をゆるめて、土方は慌てて口元を引き締めた。
土方の家の諸事情は、一寸気を許せばすぐに調子乗るのだ。

「ただいま」

何気なさを装っていつものようにガラリと玄関を開ける。土方の気配には気づいていただろうに、一寸間が空いてから奥間の襖がカラリと開いた。拗ねているのか、いやにゆっくりとした動作で出てくる。
きっとフグもあわやというような、不機嫌そうな顔しているのだろう。
ぼんやりと他愛もないことを思いながら土方を冬用に支給されるロングブーツを脱ごうとかがむ。

「おい」

視界の端に足袋の爪先が見える。投げつけられた声は諸事情にしては随分と真剣で、そして強張っていた。
爪先がブーツから中々脱げずに引っかかって、壁に手をついて土方はようやく首を上げて――――それからぱちり、とまばいた。
何だかふわふわな、というよりもこもこなものがある。
呆然としている土方に、土方副長のお宅の諸事情こと高杉晋助は、重々しく言い渡した。

「一寸てめェ、そこに座れや」
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