+++アンニュイ+++

□Time To Say Goodbye
1ページ/25ページ

目の前に転がっているものに目をしばたいた。

そこは確かに自分の家の前で、道を一本間違えてしまったということは勿論無い。
毎日通っている道路はとっぷりと暮れて、弱弱しい街路灯に照らし出される空間だけが切り取られて鮮明だ。そこに男の腕が有る。ただ人間の腕、というだけでなく、しなやかについた筋肉とそれを覆う少しだけ日焼けした皮膚に赤黒いしみがついている。


くん、と犬のように鼻を動かした土方はややあって眉間のしわを深くする。

そこら一帯にただよっている香りは、知りすぎているものだった。



+++Time To Say Goodbye+++



人間を拾う趣味は無い。

けれどここが、似合わないことはわかっているが警官の家の前であるなら、社会通念上自分はたとえ勤務時間外だとしてもこの死体なのか怪我人だのか分からないとりあえず人らしきものを保護しなくてはならない。
たとえこれが死体だったとしても通報して、現場検証に立ち会うとなったら確実に日付は明日になってしまうだろう。
そうだったら放置して、明日出勤するついでに一報入れてやろう。とりあえず咥えていた煙草を形態灰皿に押し付けて、消える最後の煙を肺に吸い込んだ。

「オイ」

面倒くさいといいだけな声音を取り繕うこともせず、街路灯のテリトリーの外側にはみ出している頭に呼びかける。
返事は無い。意識はとりあえず無いようだった。
いっそ首ナシだったら面倒も無いのにと意識はどうしても不穏な方向に向く。職業柄だろう。

死体を見るのは慣れている。というよりも、量産する側なのだが

(どう考えても警官じゃねぇよなぁ)

短く唇に自嘲の笑みを履いて、すっと引き結ぶ。

「オイ、生きてっか」

街路灯の下にしゃがみこんで、とりあえずだらりと投げ出されている腕をつかむ。脈は一応あった。生きているらしい。
ついで腕がつながっている体を手繰り寄せてみる。止血もされていない傷口は一箇所ではないらしい。ひでぇな、と検分する手に熱を孕んだ息がかかった。
目を細めて網膜に飛び込んでくる光量を絞る。夜のテリトリィに沈む男の顔がうっすらと輪郭を結んだ。

相手の荒い息に反して、こちらの息が凍りついた

「………たか、すぎ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ