+++アンニュイ+++
□脱却
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強い人だと思っていた。怖い人だと思っていた。
だがそのどちらも間違いであったことを時をそう経ずして知った。
彼はただ、迷わないだけだった。
盲目的に、妄信的にただ夜の中を走っていく。いつ来るか分からない朝を目掛けて。
彼はある意味において、やはり強すぎるほど強い人だった。
<<脱却>>
初めて山崎が土方を見たのは、近藤の道場であった。
当時近藤は彼の持ち物だった古道場にさして縁も深くないものたちを起居させていた。山崎も些細な縁で近藤と知り合ったものの一人であり、土方もそうだった。山崎が土方を知ったころ既に廃刀令は出されており、道場には行き場のない浪人が大勢居たし、その大半は行き場の無い感情をともすれば暴力沙汰でもて開放しようとした。
暴発しきれなかったのは、近藤という存在があったからだっただろう。
そのころから近藤は、今となんら変わっていなかった。
けれど最終的な安全装置が働いているからといって、そう簡単に積もり積もった感情は消化されることは無い。
山崎が他の大勢と同じようにならなかったのは、単にそこまで刀というものに向ける感情がなかったからだった。
山崎は元々侍という人種ではなかった。どういうきっかけがあったからなのか、剣の道は多少収めていたものの、山崎が秀でていたのは人と人が作る関係に対する観察力であった。だからこのとき山崎は、混乱し困窮し解放口をなくした混沌の中において数少ない客観的な人間だったのだ。
刀を人生の中心に収めていたものたちの悲嘆に共感することもなかったし、かといって前向きなわけでもなかった。
元々が明るい性質ではない―――山崎は、ひどく不安定な状況と精神と状態両方を抱えて、ただ他人を見ていた。
ぶしつけにいえば、観察していた。
中途半端な自分の状態を居心地悪く、そして情けなく思っていたけれど、動き出すことはなかった。
山崎が動き出すことになる、そのきっかけは間違いなく土方だった。