+++アンニュイ+++

□花街夜話
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宵の口がもうそこまで来ている。

格子越しに女を求める客の声が煩くなった。
女の媚をうる声も大きくなって、土方の感覚器は聴覚嗅覚触覚とこれで味覚と視覚以外の五感を全て不快が占めたことになる。

視覚は単に目を閉じているからだ。開いたらあまりに不快さに頭痛が酷くなりそうだから、眼前に用意された姿見などは絶対に見ないと決めている。

というのに

「ふ…トシ子さん、バランス取れませんからちゃんと目ェ開けてください」

眉も顰めないで。
普段どうしようもなくヘタレているはずの部下の声にいやおうもなしに決意を引き剥がされて、土方はゆっくりと目蓋に入れた力を抜かざるを得ないのだ。
うすらと目を開けた先、眼前座り込んだ紅筆を持った男は土方の眼力に普段は怯むはずだと言うのに常に無く凛々しい顔をして、物言いたげな上司の顔を真剣に見詰めている。

山崎の癖に。

ここに連れてこられてから何度か目の言葉は発せられることなく喉の奥に吸い込まれ消えてしまった。
その山崎が少し土方の頤を上向けさせて、紅筆で慎重に紅い唇に光沢を加えたので。

「そんな顔したら化粧できませんよ、副…トシ子さん」
「……」

子供のように引き結んだ唇の端をとんとんと紅筆の穂先で突かれて仕方なしに力を抜く。
緩めた唇からは溜息が零れそうだ。なんだって自分がこんな目に合わなければならないのだろう。日ごろの行いは確かに良いとはいえないのだけれど。

遊女の着る、緋色の襦袢。

手元に刀が無いことが、土方を余計に落ち着かなくさせた。
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