+++アンニュイ 弐+++

□暗黒寓話 -にびいろのゆき-
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戦況が悪化している。

刀を振るいながら、果ての無い天人の群れを睨む。
眼前にはもう黒山のように敵が群れていて、向こう側の景色が見えない。年が変わると同時に天人の攻撃が激しさを増した。おかげでゆっくり正月を祝う余裕もなかった。天人には地球の風習が分からないのだから仕方がない。

横っ腹から奇襲を食らっていた。
かなりの数が持っていかれたらしい。らしい、というのは、確認している暇も無かったのだ。先陣を切っていた銀時は、横合いからの攻勢に崩れた陣形を建て直し、活路を開くだけで精一杯だった。
何人切り捨てたかは分からない。
体中天人の血と仲間の血でべたべたした。
刀を振るう手が重くて仕方が無い。

そろそろ感覚が失せてしまいそうだけれど、完全に撤退するまで時間を稼がなくてはならない。
桂と肩を並べて殿。
まだ山近いこの当たりは、橋を落せば時間が稼げる。隊がそこを通過するまで、あと少しだ。

敵は大分この周囲の地理に詳しくなってきたようだった。
今までは奇襲など食らったことがなかったのだ。
油断していたわけではないが、対処が遅れたのも事実だ。今までのように地の利を味方につけた攻撃は効果が薄くなるだろう。人数的にも余裕が無い。まだこちらが勝っているとは言っても、兵力で考えるなら相手のほうが二枚も三枚も上手だ。

横合いから斬りつけてきた天人の斧を弾いて横薙ぎに斬り捨てる。厚い筋肉に阻まれて致命傷が与えられたかどうか分からない。足場は真白い雪で覆われていたはずなのに、足跡と血に濡れて汚れてしまった。
天人の赤くない血。
仲間が零した紅色。
総てを受け入れる雪は汚れていくだけだ。赤色と薄い橙に染まって鈍色に澱んだ雪。

何人も切り捨てた刀は鈍って腕に直接衝撃を伝えてくる。
今すぐ放り捨ててしまいたいと思うのはこんなときで、けれど生き残りたいと思う願いのほうがずっと大きいから柄を握った手に力込めた。

―――まだ戦える。
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