+++アンニュイ 弐+++

□暗黒寓話 -ゆきばのないしろ-
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子供は相変わらず口を利こうとはしなかった。
言われたことには従うから、聞こえていないわけではないらしい。けれど銀時や桂、坂本には話しかけられても、反応すら返すのは稀だった。
いつもどこか遠くを見ているか、まどろんでいるか。うとうとと白い目蓋が焦点の合わぬ目の上を往復するときだけ、相変わらず表情は無かったけれどこの子供が本当に子供なのだという感想を高杉は抱いた。
だって自分の知っている子供のイメージとは何ひとつ合致しない。

子供はなぜか、高杉には懐いた。
懐いたとはいえないかもしれない。ただ人の気配が在るというのに、子供が睡眠を優先させるのは高杉が横に居るときだけだったのだから、少なくとも他の三人よりは許容されていたのだろう。
会話も僅かだけれど続けることが出来た。高杉が何がしか他愛も無いことを聞いて、子供がそれに一言二言返すだけだったけれど。

だがそれは銀時以下三人を非常に羨ましがらせた。
銀時にしてみれば自分が連れてきたのに、という感情があったのだろう。ふてくされた。恨みがましい視線に高杉はしばしば辟易した。
高杉に言わせれば、銀時は構いすぎるのだ。

高杉としても子供を構ってばかりいたのではない。
他軍と連絡を取り合って自分が呼び出されているうちに押されてしまった陣を立て直す。
後退した分を取り戻すべく調整に腐心しなければならなかった。不利な状態は変わらないが、ここ数週間、交戦には至っていなかった。

街道の正面、進行方向に陣取っているのだ。

天人の軍は避けて通ることは出来ないし、またその必要も無い。
敵が一撃必殺の攻勢ため準備をしているかといえば兆候は無いわけではなかったけれど確かではなかった。

何故だろうか、天人たちはここに来て戸惑っているようだとも、斥候の報告からは伺えた。

―――いまさら何を戸惑っている。

疑問ではあったが時間が稼げたのは確かだ。
軍務も次第に落ち着いて、子供に構う時間も増えた。
懐かないし可愛げのない子供だったけれど、人馴れしない猫をかまう心境だったのかもしれない。
軍の中心人物であった四人が一人の子供を構い倒す光景は傍から見れば不思議のひとことだっただろう。

子供が部屋から出る許可を医者にもらった日―――それは高杉と子供が会った三日後のことだった―――子供は元々持っていた荷物を銀時から受け取った。
元々着の身着のままで、その着物も処分されていたから、荷物といっても刀ひとふりと銀色をした簪だけだった。
天人を斬っていたという刀は銀時が子供を連れてきた時、脂で曇って使える状態ではなかったという。
よくこれで斬れたものだと桂が感心していた。
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