+++アンニュイ 弐+++

□あのそらのむこうがわのいろ
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刀を掴んで飛び出した。

呼ばれているような気がした。
誰にかは分からない。
声は知っているようでも、知らないようでもあった。

ただ急かされるように刀を握り締めて走り出す。後ろで誰かが引きとめたような気がしたけれど、足は止まらなかった。

沢山の血の匂いと、橙と赤に浮かされて刀を振るった。これほど大勢の人間も天人も見たことがなかったから恐慌に陥っていたかもしれない。戦場に充満する死臭。頭蓋の中で呼ぶ声は途絶えたけれど、代わりに耐え難い喚き声が聴覚を犯して。

狂ったように斬り続けた。
銀時を、高杉を、桂を坂本を探したけれど見つけられなかった。
あの手にもう一度縋りたいと、そう思った正気は一瞬で掻き消える。

正面で切倒された人間の紅を頭から浴びて。

その向こう側、天人が大声で笑い声を上げたので。

あの残像が、白い手が、僅か笑った唇が、弾けた器官が脳味噌を犯して。
……鮮明な記憶はそこでブツリと引きちぎられた。

***

……それからどう生きていたかは覚えていない。
折角戻ってきた時間の感覚をまたどこかに投げ捨ててしまっているらしい。
どこか遠い町に来ているらしいことは分かる。道を歩いている天人が多い。この間まで戦っていたはずだというのに、何故か町の人間は顔を歪ませつつも悠々と歩く異形の怪物たちに黙って道をあけた。

そういえば、帯刀した人間も居ない。
自分の握っている刀にちらりと目を向ける。赤の中に混じる銀に銀色の髪をした男を思い出したけれど、ゆっくりと反芻しようとしたそれは頭痛に阻まれた。
胃の腑には何も入っていないはずだというのに急激な吐き気が襲ってきて、土方は口元を押さえようとして、結局やめる。
刀を持っていないほうの手もまだらな橙に浸されていた。

道を歩いている天人を斬るのはまずい。
裏路地に近い場所に誘い込んで殺した。
薄汚れた裏路地の底辺に首を掻き斬られた鳥頭が転がっている。それに覆いかぶさるように倒れこんだ牛頭の腹からは太い腸がはみ出していた。心臓を突いたけれど、力を入れられなかったせいか即死はさせられなかった。

喚き出して煩かったから喉に突き刺して漸く静かになった。
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