+++アンニュイ 弐+++

□暗黒寓話 -よるいろのはて-
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鬼兵隊の処刑を聞いたのは、匿われている旅籠の奥間でだった。

そうか、と呟いただけでそのまま唇を引き結んだ高杉を、知らせて寄越した女将は気遣いながらも退室した。
取り乱すだとか、追い腹を切るだとか心配したのだろうが、そんなことが出来るような状態には高杉の体は無かった。

攘夷戦争の末期。講和した幕府軍は頑なに戦い続ける義勇軍を見捨てた。

今まで同一行動をとっていた幕府軍に鬼兵隊をはじめとする義勇軍を攻撃せよとの命令が下ったのは八日前のことだった。
友軍だと思っていた軍勢の攻撃に混乱した陣容を立て直そうとしていた刹那、前方から天人軍の攻撃を受ける。
最後まで前線で指揮を取っていた高杉も数箇所に被弾し、鬼兵隊は敗走せざるを得なかった。

高杉が傷による消耗と発熱で昏睡状態に陥っている間に、全ては片付いてしまったのだという。

処刑が終わったのは二日前だった。

高杉が目を覚ましたのが、丁度その頃だ。
落ち着いてから話そうという旅籠の人間の気遣いは、正解だった。目を覚ました直後、包帯だらけの体で布団を跳ね除け、刀を掴み

「情勢は如何なっている」

そう叫んだ高杉にそのまま伝えていたら、再び戦場に戻るか、自刃していたに違いない。

ふらつく体で起き上がった高杉は狂人のようで、体にさわると家人総出で押さえ込み、薬を飲ませてその場はなんとか眠らせたのだった。

睨みつけた天井が狭い。
左目にぐるぐると包帯が巻かれているからだ。
未だ熱をもった全身の傷口がじくじくとうずく。

亡くした左目の奥、視神経が疼痛に蝕まれているのを感じる。

「…処刑」

呟いた瞬間、恐ろしいほどクリアになっていた思考に雑音が紛れる。腹の奥底で吹き上げた感覚に食いしばった唇の端が切れた。

失くしてしまった。

そう思った。

大切なもの。守りたかったもの。居場所。仲間。

全て失ってしまった。

ゆっくりと重い右手を狭くなってしまった視界の中で掲げてみる。
矢張りその手も、使い物にならないとまではいかないけれど、ぐるぐると真っ白い包帯に包まれて普段よりも半倍は膨らんで見える。
指先を動かすだけでも大分力が必要だった。
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